第40話 苦難をこえて
ヴェリスに勝利し、念願の賞金を手に入れたシムル。ロビーに戻ってきた二人はその健闘を讃えられ、多くの人に囲まれてやんややんやと祝福された。あたたかい空気のなか、がっちりと握手を交わしてお互いにさわやかな笑みを浮かべる。
「シムル、すごかったよ!」
「お前もな!」
「負けちゃったけど、わたし……今とても嬉しい気分!」
「へへっ、おれだって最高の気分だよ! これがあれば故郷も救えるだろうし、本当……こんな幸せなことがあってもいいのかなぁ……!?」
涙ぐむシムル。それを見て、不意に取り巻きのおじさんが声をかけてきた。
「なんだ坊主、もしかして出稼ぎに来たクチか?」
「えっ? そ、そうだけど……」
「ガハハ、小せぇのにどこまでも立派じゃねーか! ますます気に入った! これも持ってけよ!」
おじさんが袋を渡してくる。中身を確かめると、なんと大金が入っていた。シムルは仰天し、慌てて返そうとする。
「こ、こんなの貰えないって!」
「ばか、こどもが遠慮すんな! これは俺たちを楽しませてくれた分のチップだよ。それに見たところ、嬢ちゃんとは友達なんだろ? 二人で分けたって構いやしねぇから、受け取っておけよ!」
「……おじさん……」
「えへへ、ありがとうおじさん!」
「ああ、好きに使え!」
ひっくと嬉し涙を流すシムルに、ぱあっと明るく笑うヴェリス。すると庇護欲をかき立てられた諸兄姉らが、おじさんの贈与を皮切りとして次々にチップを渡してゆくではないか。近くで待機していた佳果たちは、その光景を見て胸を熱くした。
「いやーなんかとんでもねぇことになってんな」
「あははは、みんな優しい人ばかりだね!」
「ええ……すんっ……わたくし、涙腺がゆるんでしまいましたわ」
その後ほとぼりが冷めるまでの間、シムルはずっと心のなかで繰り返していた。
(ありがとう、ありがとう)
この日の出来事を、彼は生涯わすれないだろう。
◇
準備がととのった佳果たち一行は現在、シムルの故郷であるラムスの村に向かっている。断崖絶壁のある険しい山を抜けると、果たして専用マップと思われるエリアに入った。荒野の真ん中に、建物が密集しているのがわかる。
「あそこか」
「シムルの案内がなかったら、まずたどり着けないようなルートだったね」
「……なんか、懐かしい感じ」
「え? ヴェリス、来たことあるのか?」
「ううん。むかし似た場所にいたのを思い出しただけ」
「そうなのか……」
先ゆく四人の会話を聞きながら、アーリアはひとり考え込んでいた。
(閉鎖的な空間に、やせた大地……シムルくんの言っていたお偉いさんというのは、やっぱり――)
「おーいどうしたんだよ姉ちゃん、はぐれちまうぜ!」
「あ、ごめんなさい!」
◇
村の入り口に到着する。辺りには荒れた畑や枯れた木々が見受けられ、家屋からはひとけが感じられない。閑散としており、何も知らずにここへ来た者ならば、廃集落と勘違いしてしまいそうな光景が広がっている。
「シムル、こりゃ一体……」
「ああ。今はみんな鉱山のほうにいるから」
「鉱山?」
「見てのとおり、ここは作物がほとんど育たなくてさ。おれたちは元々、さっき通ってきた山でとれるもんを食いながら、採掘業でなんとか生計を立てていたんだよ。……あいつらが来るまではな」
「……じゃあ、ここまでさびれてんのは」
「言ったろ? この村の人間は奴隷みたいに働かされてるんだ。家に帰ってこれる機会なんて、年に数えるほどしかない」
シムルいわく、村人たちは鉱山に住み込みで重労働をこなす日々を送っているらしい。最低限の食事しか与えられず、ろくに休憩ももらえない劣悪な環境。過労死する者がでても、弔われることすらないまま捨て置かれるそうだ。
「そんな……ひどすぎますわ」
「シムル、一番偉いやつってのはどこにいる」
「あいつは村の奥にあるコテージにいるはずだよ。それもおれたちに無理やり作らせたやつだけど」
「お、お前シムルか……!?」
急に声がして振り返ると、そこには隻腕の男が一人立っていた。
「父ちゃん……!」
「やっぱり! なんで帰ってきた!? お前だけでも助かったって、せっかく安心してたのによ!」
「そんなことより、どうしたんだよその腕は!」
「こ、これか。ちょっと前、作業中にやらかしちまってな……だがまあ、おかげで最前線から外されて、今はこっちで事務仕事をやってんだ」
「…………父ちゃん」
「おいおい、暗い顔すんじゃねぇ。思わぬ箔が付いちまっただけのことさ。……んで、兄ちゃんたちは?」
「俺たちはシムルの仲間っす。今日はこの村が滞納しているっていう、税を支払いに来たんすけど」
「! するってーと!?」
「うん。言われた金額、ちゃんと稼いできたから。もうこれ以上、みんなにつらい思いはさせないから」
「……そうか。お前、ちょっと背ぇ伸びたんじゃねぇか? すっかり男前になっちまってよお。ま、俺の息子だから当たり前か。ぬははは」
シムルを腕ひとつで抱きしめる父親――この親子を前にして、どうして平静でいられようか。佳果たちはふつふつと湧く感情をなんとか抑えつけながら、決意を胸に言い放った。
「行こう。そのコテージへ」
「ああ、なんならカチコミに切り替えてもいいぜ」
「わたし、こてんぱんにしちゃうかも」
「ダメですわ二人とも! ……そういう手合いには、しかるべき対応を」
父親はいさむ四人を目を丸くして見つめていたが、ふっと優しい表情になる。
「……いい出会いがあったようだな。これなら、俺の出る幕はなさそうだ」
「父ちゃんはここで待ってて。おれ、行ってくるから」
「おう、任せたぜ。……兄ちゃんたち。すまねぇが引き続き、こいつをよろしく頼みます」
こうして一行はコテージへ向かった。
シムルの逆転劇が今、はじまろうとしている。
かなりキナ臭くなってきました。
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