第39話 ならんだ肩
みんなとの出会いから早一ヶ月――シムルのレベルは90に達していた。80以降は佳果とヴェリスもレベリングを再開し、現在三人とも同レベルになっている。
「そろそろ、闘技場に挑戦してもいい頃合いじゃねぇか?」
「だね。レベル上げの過程で必要なものは身についたと思うし、今のシムルならきっと優勝も狙えるはずだよ!」
「……なんか不思議な感覚だ。あの日、盗みを働いちまったおれが……こうしてヴェリスの後を追いかけてるなんてさ」
「それはあなたが、"変わろう"という勇気の炎を燃やし続けたからですわ。この一ヶ月間、本当によくがんばりました!」
「さっ、シムル! アラギへ行こう!」
◇
闘技場での初戦。シムルは緊張のあまり身体が思うように動かなかったが、それでも堂々の立ち回りを見せて勝ち星をひろった。己の力量が高いところに到達していると自覚した彼は、その後ふっきれたように破竹の勢いで勝ち進んでゆく。
そしてついに、彼自身が望み、待ち焦がれた好カードが実現した。
「ヴェリス対シムルの決勝か……あいつらの戦いは散々そばで見てきたが、ガチンコ勝負はこれが初めてだな」
「なんだか感慨深いものがあるよね」
「ふふっ、この試合が終わったらあの子たちをめいっぱい祝福してあげましょう。たとえ、どちらが勝ったとしても!」
「ああ!」「もちろんです!」
ゴングが鳴り、先に動いたのはシムルだった。彼は初端から"呼吸ずらし"とフェイントをおり混ぜた連撃を放つ。出し惜しみはいっさい無し――全力全開の速攻に、ヴェリスは後手に回りつつも不敵な笑みを浮かべている。それは以前、ソティラとの決勝でも見せていた高揚のあかしだった。彼女からその表情を引きだした事実に、シムルの心がふるえる。
「ヴェリス! 本気でいくぞ!」
「のぞむところ!」
嬉しそうにヴェリスが反撃に転じる。彼女の攻撃は、とにかく速い。だが何度も組み手をしてきたからこそ、独特のクセがあることをシムルは知っていた。そのクセとは、パンチ技や蹴り技の回数が極端に偏らないよう、無意識に平均値へ収束させていること。
本来、多彩な動きは相手の意識を散漫にできる有効な戦術だ。ただ、それは手のうちを知り尽くしたシムルにとって脅威にはならず、むしろ先の読みやすい悪手だった。
「もらうぜ――」
極限まで高まった集中力でヴェリスの蹴りを受け流し、渾身の不意打ちをしかける。ところが彼女は、すんでのところでかわしてみせた。今まで見たことのない超反応に、シムルの頭が一瞬しろくなる。
(今のをよけるのか……!? お前、どんだけ強いんだ……!)
「くっ、はぁ……はぁ……」
ヴェリスは距離をとって膝をつき、息をきらしている。
(……あれ? 疲れてる? もしかしてまぐれで……いや、ヴェリスはそんな生半可なやつじゃない! 考えろ、どうしてよけられたんだ!?)
体勢を立て直し、シムルを見つめるヴェリス。その瞳には称賛の色、歓喜の色、焦燥の色――そして、こちらの向こう側にある何かをとらえている明鏡止水の色がうつっていた。
(……! そうか、お前が天才な理由がわかった気がするぜ)
「!?」
シムルは本能のままに深呼吸して、全身の無駄なちからをすべて抜く。目を閉じて己の体に意識をゆだねると、全身をめぐる血潮、立ちのぼる熱気、その奥でジンジンとほとばしる、不確かなゆらめきが感じ取れた。
「うぉぉおお!!」
ヴェリスは目を見開いておののく。シムルのまとっていた透明なモヤが、数倍にふくれ上がったのだ。この状態で近づけば、あのモヤのなかで攻防することになるだろう。もはや、彼の動きを正確に読むことはできなくなったと言っていい。
(はは……本当だ。お前にしかないそれは、おれを惨めにするためのものなんかじゃなかった……おれを、助けてくれるためのものだったんだな。そしてこの勝利もきっと、いずれお前を助ける糧になる――そうだろ、アーリア姉ちゃん!)
その後、ヴェリスは純粋な動体視力と反射神経で彼のトリッキーな攻撃をさばこうとしたが、一撃一撃の鋭さと重さ、そこにこめられた想いに気圧され、ついには死角からの後ろ回し蹴りに反応しきれなかった。
彼女が起き上がると、すでに決着はついていた。
シムルの雄たけびが、会場の大歓声と共鳴している。
結局モヤとはなんなのか。
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