第38話 どうしてちがうの?
「とりゃぁあ!」
ヴァルム周辺のモンスターをいなせるようになったシムルは、次の町フリゴ近郊の山岳地帯で、小型のドラゴンと戦っている最中だ。ブレスなどの強力な攻撃に苦戦をしいられたが、今回もひとりの力で倒すことに成功した。
「よくがんばりましたわね! 動きも素晴らしかったです」
「クリティカル率も申し分なかったよ。すごいじゃない!」
「へへっ、姉ちゃんたちのおかげさ」
佳果に"型"を教わった後日、実戦経験が豊富なアーリアはモンスター別の対処法やステータスの知識を、会心撃が得意な楓也はそのコツについてをシムルに指南した。結果、彼の実力はめきめきと伸びてきている。
「固有スキルが鍛錬向きだったのも、追い風になったな」
「ああ。おれにこんな力があったなんて、未だに信じられないや……」
シムルの固有スキル《テントーマ》は、潜在意識の時間が引きのばされ、あらゆる経験の質を向上させることができる。クールタイムは24時間、効果は15分と短いものの、集中的な鍛錬にはもってこいのスキルだ。
「シムルすごいね!」
「お前ほどではないと思うけどな。"マイオレム"だっけ? ただでさえ強いのに、ほんと敵う気がしないぜ……天才ってやつなんだろうが」
「? わたし、別に普通だよ?」
「普通なやつは、自分で普通って言ったりしないだろ」
シムルとヴェリスはたまに組み手をしている。これまで何度かやりあったのだが、ヴェリスの戦闘力はレベル差を抜きにしても異次元だった。格の違いを見せつけられたシムルは、自分と彼女をへだてる才能の違いにわずかな劣等感を抱いていた。
アーリアはそんな彼の機微を見抜くと、聞こえないほど小さな声でぽつりとつぶやいた。
「天才……」
(アーリアさん?)
いつになく真剣な表情をしたアーリアが、二人のそばに歩み寄る。
「シムルくん。もしヴェリスちゃんが天才だったら、悔しいと思いますか?」
「……そりゃ悔しいよ。歳も近いはずなのに、追いつける気がしなくてめちゃくちゃあせる。うらやましい」
「そうなの? でもシムルだってわたしが知らないこと、たくさん知ってるのに」
「今はそうかもしれないけど、お前ならそれもすぐに追い越していくだろうさ。……おれはお前と違って、大した人間じゃないから」
「っ……! そんなことない! シムルはわたしより力があるし、わたしが思いつけないようなことも自分でひらめく! みんなの話をちゃんと理解できるし、たいとーにしゃべることだって――」
「だからそりゃ時間の問題なんだ! おれは……!」
「こーら」
アーリアがぽんと、それぞれの頭に手のひらを乗せて優しくなでた。ケンカしかけた二人はしゅんとなって、すぐ謝る。
「すまん、言うつもりのないことまで言っちまった」
「ううん、わたしもなんだかカっとなって……ごめんなさい」
「……シムルくん、ヴェリスちゃんがなんで怒ったか、わかりますか?」
「え? おれが卑屈で、鬱陶しかったからだろ?」
「いいえ。ヴェリスちゃんはさみしかったんですの」
「さ、さみしい?」
「うん。だってシムルはわたしの友達で、かぞくで、すごい魂をもっているのに……それを悪くいうんだもん」
「…………」
「では逆に、ヴェリスちゃんはシムルくんが怒った理由がわかりますか?」
「んと、わたしがシムルのいいところ、ちゃんと言えなかったから……」
「それも少し違いますわね。彼はあなたが、あなたの能力を正しく評価できていないから腹が立ったんですの」
「わたしの能力?」
「……そうだよ。お前は事実、ちょー強いやつじゃんか。おれはそのことが悔しくてうらやましいけど……同時に尊敬もしてるんだ。もっと、堂々と胸を張れよ」
「…………」
それは、お互いがお互いを認めているからこそ起こったすれ違いだった。こと才能というものに関しては、人を輝かせるだけに影も濃くなりやすいのかもしれない。
アーリアは今後、二人がまっすぐに高め合える関係になれるよう、ひとつ質問を投げかけることにした。
「ではここで問題です。自分にあって、相手にないもの。相手にあって、自分にないもの。この"違い"は、一体なんのためにあるのでしょうか!」
(お、アーリアさんおもしれぇこと言い出したな)
(……やば、ぼくこれうまく説明できないかも)
人知れず外野がうなるなか、シムルとヴェリスは頭を悩ませる。
「全然わからない……」
「わたしも、ちんぷんかんぷん」
「ではそちらのお二人はどうですか?」
「えっ! そ、そうですね……やっぱりお互いを認めるため……でしょうか」
「まあ素敵! 佳果さんは?」
「俺は望みを叶えるためだと思うぜ」
「望み……? ってどういう意味だよ兄ちゃん」
「たとえば自分にしかないもんがあったらよ、それ使っていろいろ試すなり極めるなり、とりあえず"何かやってやろう"って気になるだろ? 逆に、自分に足りないもんが見つかった時は、それを得るためにどうすりゃいいのかって躍起になるはずだ」
(……おれも実際、そんな感じだ)
「その二つは、最終的にてめぇ自身が欲している何かを手繰り寄せようとする意味では同じだ。だが、もしも"違い"ってのがなければ……そもそも、そういう望みが生まれることもねぇし、叶うこともねぇんだろうなと思ってよ」
「佳果、むずかしくてよくわかんない」
「うふふ。つまり成長するため、ということですわよね?」
「だな」
佳果と楓也の答えを聞いて、少年少女の脳内はさらに混乱した。待ちきれなくなったシムルが、アーリアに尋ねる。
「なあ姉ちゃん、そろそろ正解を教えてよ!」
「いいですわ。実は――この問題に正解はありませんの!」
「ええ!? そんなのありかよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。でもせっかくですから、わたくしの答えも披露してよろしいでしょうか?」
「まあ気になるし、聞くだけ聞くけど……」
「ありがとうございます。わたくしの答えはずばり……"みんなで助けあうため"です!」
「助けあう?」
「はい。わたくしが二人に伝えたいことは一つです。シムルくんの才能とヴェリスちゃんの才能が違うのは、足りない部分を補って助けあうためなんですの。そしてそれは、楓也ちゃんの言っていたお互いを"認めるため"でもありますし、佳果さんの言っていた"成長するため"でもあります」
「……それなら、わたしにもなんとなくわかる」
「おれもだ」
「二人ともいい子ですわね。……だから今後は、悔しかったりうやらましかったり、さみしかったり苛立ったりした時、ぜひこのことを思い出して、互いに相談してみてください。どうしても言いづらければ、わたくしや佳果さん、楓也ちゃんに相談しても大丈夫ですわ。みんなが家族だってことを、どうか忘れないでちょうだいね」
優しくほほえむアーリア。彼女はこの場にいる誰よりもきらきらしている――ヴェリスの目には、その輝きが以前よりもはっきりと見えるようになっていた。
ひとの心を理解する。
それは簡単なようで難しい。
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