第35話 不変の変化
「そりゃ、おれだって……」
シムルは眉間にシワを寄せて、拳を強く握りしめた。
「おれだって、ひとりじゃ何もできない自分が心底ダッセぇと思ってるよ! でも……でも、他に方法がなかったんだ! モンスターと戦えば半殺しにされる! おれみたいな汚いガキは働こうにも門前払いだ! おれが何かしようとすると、必ず世界がそれを邪魔してくるんだ……!」
まくしたてるシムル。涙を浮かべ、声を震わせる少年を縛っている怒りの矛先は佳果ではなく――その瞳を通じて痛感する、己の無力さに向けられていた。自分がちっぽけな存在であると理解するたび、行き場のない厭世感がぐるぐると思考をかき乱してゆく。
「なんでだ……? なんでおればっかり……悪いのはあいつらの方じゃないか。なんでこんな目に合わなきゃならない? なんでおれが、あいつらのためにこんな頑張らなきゃいけないんだよ!?」
佳果の胸ぐらをつかんだシムルは、守れなかったプライドの残骸をひた隠すように叫んだ。様々な感情でぐちゃぐちゃになったその顔から、片時も目をはなさず佳果は言った。
「シムル。お前は死ぬほど優しいんだな」
「!?」
予想だにしない言葉に、彼は目をむく。楓也とアーリアは目配せして小さくうなずくと、引き続き二人の対話を見守った。ヴェリスは佳果の背中をじっと見つめている。
「お前の言うとおり、この世にはどうしようもねぇ理不尽ってのがあるらしい。マジで、嫌になっちまうよな」
「…………」
「しかもタチの悪いことに、その理不尽ってやつはいつまで経っても変わることを知らねぇ。たぶん俺たちは生きているかぎり……それに責められ続けるんだろうよ」
「……そうだよ! そんな理不尽がなければ……あいつらさえいなければ、おれたちは平和に暮らせていたのに! こんな風につらい思いをすることもなかったのに!」
「けどなシムル。たとえ世界が変わんなくったってよ……お前は変われるはずだろ?」
「! ……それは違うッ! クソみたいな世界のために、おれが変わらなきゃいけない理由なんてあるわけがない!」
「ああ、そうだな。その変化を受け入れちまったら、ここまで踏ん張ってきたてめぇの生き様を否定することになっちまうもんな」
「そこまでわかっているなら……!!」
「まどわされてんじゃねぇ!!」
「!」
佳果の一喝が響きわたる。
自分よりも大きい人間の叱咤に耳がひりつく。しかし故郷でさんざん聞かされた怒号とは異なり、その声は恐怖や悲しみをもたらす力を内包していなかった。
少し冷静になったシムルは、改めて彼の瞳を見る。そこに宿っているひかりが、自分の心奥にへばりつく何かを無遠慮に照らし続けているのがわかる。
「お前の変化はそいつらのためのもんなのか? 違ぇだろ! お前自身と、てめぇが守りたいもん守るための変化だろうが!」
「そ、それは詭弁だ! 世界が変わらないままなのに、おれだけが変わったって……そこに意味なんかないじゃないか!」
「本当にそうか? 俺にはまるで、変わらねぇ世界がお前を絶望させて、お前自身が変化を拒むよう仕向けてるように見えるぜ――今まさに、そうなってるみたいにな」
「……!」
「そんなくだらねぇ出来レースにわざわざ付き合ってんのは……お前が、本当の自分を殺せるほど優しいからだ。いいかシムル、"変わらねぇ"って土俵でやり合うんじゃねぇ! お前がお前を生きられない理由に振り回されてやるな! 不変の世界なんて放っておいて、てめぇの大切なもん守ることだけを考えやがれ!」
「――」
佳果がシムルの小さな両肩を、わしっとつかんだ。
後頭部をなぐられたような感覚が押しよせる。彼の手からじんわりと伝わる熱が、経験したことのない感情を呼び起こす。
――会ったばかりの、まだ大人でもない男の言葉が、どうしてここまで心を乱すのだろう。どうして、涙を止められないのだろう。
「……ぐすっ……でも、おれが弱いのは紛れもない事実だ。変わりたくても……変われない。おれじゃ故郷を救えないんだ……」
「心配しなくていい」
「え……?」
「さっきステータスを見せてもらったが、お前はそもそもこの辺りのモンスターに太刀打ちできるレベルに達してねぇ。それと文無しだから当たり前だが、装備も最低限のものすらそろってねぇ状況だ」
「うん。それらを適正水準に引き上げるだけでも、だいぶ話は違ってくると思うよ」
「あなたは何も知らなかっただけなのですわ。そしてそのような逆境のなかでもひたむきに生き抜いてきたからこそ、こうしてわたくしたちと巡り会えたのでしょう」
「あの……それって……」
「ああ。今からお前をヴァルムって町へ連れて行く。そこから始めれば、着実に強くなれるぜ。最終的にはあの闘技場で優勝できるくらい鍛えてやるから、せいぜい覚悟しておけ」
「! ほんと……!?」
「たりめーだろ。一緒に強くなって……ちょっくら救ってやろうぜ、お前の故郷をよ」
佳果はいつものニカっとした笑みで、シムルを励ました。ヴェリスはその光景が少し羨ましかったが、すぐに優しく目を細めて彼の背中をたたいた。
「がんばろっ、シムル」
「ヴェリス……兄ちゃんたち……! ありがとう!!」
変わるのって本当に勇気がいります。
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