第34話 心のドア
「よし、かわいいのができましたわ!」
仕事部屋でひとりごつ彼女――アーリアこと知京椰々は、ついゲーム内での口調が出てしまった自分に対し、小さく笑った。
(わたし、よほどアーリアが好きみたいね。どっちも自分だけど!)
今しがた描きあげた渾身のデザイン画を、最終チェックしてから先方に送る。椰々は「うーん」と体をのばし、紅茶を飲んで一息ついた。そろそろ夕方だ。今日のノルマは達成したし、あと小一時間もすれば彼らもログインする頃合いだろう。
仕事部屋から出て、普段着に着替えてから顔を洗う。気持ちのメリハリをつけるため、たとえ在宅ワークの日であっても彼女は自主的に化粧をする習慣があった。
ぷはぁとさっぱりして、顔をタオルで包みこむ。鏡を見ると、深い青色の大きな瞳が充血していることに気づく。少したれ目の二重まぶたはうっすらとむくみ、下の方には淡いクマもできていた。
(やだ、ちょっと根を詰めすぎたかしら)
念入りにスキンケアをしてから、ウェーブのかかったアッシュブラウンの長髪をポニーテールにして、キッチンへ向かう。自炊している最中、ぼんやりと浮かんでくるのはヴェリスの顔だった。
(あの子、身寄りがないのよね……)
自らの境遇と、彼女を重ね合わせる。
赤ちゃんポストにあずけられ、里親に育てられた椰々は本当の親を知らなかった。しかし義理の両親は、これ以上ないくらいに愛情をそそいでくれた。ファッションデザイナーとして自立した現在、彼女が稼いだお金のうち半分を毎月仕送りしているのは、人の愛し方を教えてくれたことに対する感謝のしるしであり、また「もう心配いらないよ」という意思表示でもあった。
その分を貯金して「早くいい人を見つけなさい」と結局心配されてしまっているのはここだけの話であるが――椰々にとっては、今の生き方こそが最善だった。
ただ、ヴェリスにとっての最善がどういうかたちなのかはわからない。彼女には無限の可能性と、無数の選択肢がある。ならば、わたくしだからこそできるやり方で、その歩みを支えたい。幸せになってもらいたい。もちろん、若いあの二人の青年も含めて。
アーリアは行儀よく食事をしながら、ひとり意気込んでいた。
「ふふっ、今日も楽しい思い出が作れるよう、がんばるぞー!」
◇
佳果たちがアスターソウルで集合する時刻は、いつも19時から20時くらいの間だ。今日はたまたま、全員が19時ぴったりに集まってきた。アラギの宿で顔を合わせた一同は、見知らぬ少年が一人混じっているのに気がつく。
「おわ、ヴェリスそいつ誰だ?」
「んと、シムルっていうらしいよ」
「……ども、お邪魔してます」
「まあ! もしかしてお友達ができたんですの?」
「ん~、友達というより"くらいあんと"かなぁ?」
「ヴェリス、どこで覚えたのそれ……」
シムルは律儀に、自らが一度あやまちを犯したことも含めて、いっさいの事情を正直にうち明けた。その上で協力をあおぎたいと申し出る彼の表情は、真剣そのものだった。
「頼む、どうか力を貸してくれよ!」
「なるほどな。しかし、そんな状況の村があるならもっと話題になってそうなもんだが……」
「シムルくん、あなたの故郷はこの地図でいうと、どの辺りにありますか?」
アーリアがマップを見せると、シムルはおおよその位置を指さした。だが、そこに村があるといった情報は特に載っていない。
「うーん、表示上にない場所か。イベント専用のエリアとかかもしれないね」
「イベント専用……おいシムル、お前ってNPCなのか?」
「? ヴェリス、えぬぴーしーってなんだ」
「ステータスって言ってみて」
「す、すてーたす」
現れたウィンドウにはしっかりとSSやスキル説明が出ていた。シムルの年齢はヴェリスと大差ないように思われるため、彼もまた、NPCに転生した現実世界の魂と考えるのが妥当だろう。ところがウィンドウを目にするのはこれが初めてらしく、彼は目をぱちくりさせながら大変驚いている。
「プレイヤーみてぇだな。んで、お前はその村で育ったのか?」
「あ、ああ……赤ん坊のころからそこで暮らしてたけど」
「となると、ヴェリスちゃんとは少し違うケースみたいですわね……」
「ええ、まさかヴェリス以外にも転生者がいるなんて」
「……なあ兄ちゃんたち! それよか返事を聞かせてくれよ!」
「そうだったな。――でもその前に、ひとつ確認したいことがある」
おもむろに片膝をついて、シムルと目を合わせる佳果。彼の真っ直ぐで澄み切った瞳は、直視していると何かが壊れそうな気がして、シムルの赤い瞳は小さく泳ぎまわった。
「な、なんだよ……」
「お前は漢を見せてここまでやってきた。人のもんパクっても、すぐ思い直せるくらいには根性も据わってる。だからこそ、確認しておきたい」
「……?」
「お前は、お前が故郷を救いたくて今まで気張ってきたんだろ。それを見ず知らずの俺らにゆだねちまって、後悔しねぇのか?」
「!」
泳いでいた瞳が止まる。反撃するかのごとく佳果に向けられた視線には、強い意志の光と、恐怖におびえる闇の二律背反がせめぎ合っていた。
親孝行、できるうちにしたいですね。
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