第33話 ねがいのありか
近くにあった川のほとりに座って、二人は言葉をかわした。
「で、なんで盗ったの?」
「……おれの故郷はまずしくてな。税をおさめられなくて、国のお偉いさんが居座って監視してるんだ。そいつら、村のみんなを……奴隷みたいにこき使うんだよ」
「どれい……」
嫌なフラッシュバックが起こる。こちらを人として見ていない、ギラギラした目。売るほうも買うほうも、自分ではなくその先にある欲望に興味があるだけ。
ヴェリスは、少年の燃えるような赤い目がうるんでいるのに気づいた。彼もまた、怒りと憎しみのはざまで溺れているのだろう。彼女の視線を感じた少年は、涙と顔の傷を隠すようにそっぽを向いた。えりあしを縛った黒髪が、風で揺れている。
「でも、金さえ用意すれば解放してくれるって一番偉いやつが言ってた。おれは土下座して頼みこんで、なんとか出稼ぎに行く許可をもらったのさ」
「……」
「ただ、あいつらが要求してる金額は思っていたよりも法外で……とてもじゃないが、マトモなやり方で集めるのは無理だと思った」
「――なら、やっぱりこれを」
「ダメだ! それを受け取ったらおれは……おれは二度と、本当の意味で故郷に帰れなくなっちまう。……やったあとで気づくなんて、つくづく馬鹿みたいだけどな」
少年は立ち上がり、ボロボロの服をぎゅっと掴んでうつむいた。
「なあお前、強いんだろ? 一緒にいたあの兄ちゃん達もさ」
「え? ……たぶん?」
「一生のお願いだ。あいつらをぶっ飛ばしてくれないか……!?」
◇
ログアウトした佳果は昼過ぎまで寝て、学校へ向かった。
あっという間に午後の授業は終わり、放課後になる。楓也に途中まで一緒に帰ろうと声をかけたところ、これから生徒会室へ資料を届けなければならないとのことだった。見るからに重そうだったゆえ、半分持つと申し出る。
「お前、勉強も部活もマジメにやってんのに……生徒会まで入ってんのな」
「あはは、内申稼ぎみたいなものだよ。バイトはしてないし、帰ったら阿岸君たちとアスターソウルができるから……挫けずに頑張れるかな」
「もしかして、いい大学でも狙ってんのか?」
「その逆さ。ぼくはこれだけやれるんだーってところを親に見せつけて、夢に近づくための下積みをしてる感じだね」
「夢?」
「うん。まだ誰にも言ったことないけど、ぼくは役者になりたいんだ」
「へぇ、そりゃいいな!」
「そ、そう……?」
「ああ。お前ならぜってーいい役者になれるわ」
「ありがとう……でも、どうしてそう思うの?」
「お前は色んなやつの立場で物事を考えられるからな。なのに自分の軸がぶれることもねぇ。そういうやつの演技は、きっと大勢の心に届くだろうなと思ってよ」
彼は誇らしげにそう言った。こういうところは、本当に敵わない。
楓也は少し泣きそうになったが、再びお礼をいいながら笑った。
生徒会室にたどり着いた二人は、コンコンとノックをしてからドアを開ける。なかには事務作業をしている担任教師の依帖稔之が座っていた。
「おお、ご苦労さま青波君……あれ、阿岸君もお手伝いですか? 感心ですねぇ」
「ちょっと気が向いたもんで」
「えへへ、本当に助かったよ。依帖先生、資料はここに置いて大丈夫ですか?」
「ええ、二人ともありがとうございました。しかし阿岸君、最近はちゃんと出席しているようで何よりです。遅刻するのは相変わらずみたいですけど」
「俺、夜型人間っすから」
「……まったく、若いうちから変なくせをつけないようにしてくださいよ? それと青波君。申し訳ないけど、これからも彼の面倒を見てやってくれますか」
「はい、もちろんです」
「おいおい、小学生じゃねーんだから……」
「ならばしっかりと自己管理をすること! 二人で夜更かしばかりしていてはダメですからね?」
「へーい。んじゃ俺らはこれで」
「失礼いたします!」
生徒会室を後にした二人は、そのまま下校する。
道中、佳果は楽しそうにアスターソウルの話をしていた。その一方で、あいづちを打つ楓也の表情はどこか曇っている。
「ん? どうかしたのかよ」
「あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「……さてはまた何か抱えてやがんな? 隠し事はなしって言ったばかりだろ」
「うん。でもまだ、確実なことは言えなくて……そのうち、必ず相談するから」
「……ならいい。お前んち、確かあっちだったよな? ここで分かれとくか」
「そうだね。じゃあ後ほど、アスターソウルで落ち合おう!」
「おーう、またな」と手をふって帰ってゆく佳果。
楓也はその後ろ姿を見送ったあと、あごに手を当てて思いふけった。
(二人で夜更かし?)
筆者が最初に描いた夢は医者でした。
皆様は過去、どんな夢を持っていましたか?
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