第31話 ウニョウニョ
その後、ヴェリスは次々と対戦相手をくだし、気づけば決勝までこぎつけていた。天賦の才なのか、ここまでの試合はいずれも危なげなかった。
「マジかよ! 前からいいパンチすんなぁとは思ってたが、まさか初出場でここまでいっちまうなんて」
「ぼくもさすがに予想外だったかな……それにしてもヴェリスの動き、ちょっと阿岸君に似てない?」
「普段から見て学んでいたのでしょうね。あの子、可能性のかたまりですわ」
無意識の向上心が、豊かな才をさらに磨いてゆく。加えて、幼い彼女はまだ伸びしろを多分に残していることだろう。
末恐ろしやと三人で話しているうちに、決勝戦がはじまろうとしていた。相手はソティラという女性で、立ち姿だけでも体幹の強さが伝わってくる。彼女が構えると、ぴりっとした空気が場を走り抜けた。自然で美しい姿勢、バランスのよい筋肉の連動が、一切の隙を生じさせない。
「あなた、名前はヴェリスさんだったよね。ここまでの試合見てたけど、小さいのにすっごいじゃん! 一体どんな修行したの?」
「しゅぎょー? わたしはお手本を見ながら、自分のうまく動かないところを動かせるようにしてきただけだよ?」
「……これはホンモノかなぁ。ヴェリスさん、全力でいくからよろしくね!」
「うん!」
ゴングが鳴り、先制攻撃をしかけるソティラ。決勝まで勝ち進んできた彼女の動きは案の定速く、避けづらいところを的確についてくる上、一発一発が重かった。連続パンチをすれすれでかわすたび、ヒュンと空をきりさくような音がしている。
(佳果みたいなパンチだ。身体はアーリアと同じくらい軽そうだし、楓也がいつもやってる"くりてぃかる狙い"も使ってくる……このひと、すごい!)
正々堂々と熟練のわざを放つソティラと、それを紙一重で見切りながら後退するヴェリス。この時間を楽しんでいるのか、お互いに真剣な表情のなかに笑みが混じっている。大人と子どもの対決でありながらも、まるで達人同士の決闘に立ち会っているような気分にさせられる。観客はかたずを飲んで、二人の勝負のゆくえを見守っていた。
(この子、とんでもないな……でも、これならどう!?)
ソティラが攻撃のタイミングをわざとずらした。自らの呼吸を意図的に変化させたフェイントの後ろ回し蹴り――それが横っぱらにヒットして吹き飛ばされるヴェリス。はじめて体力がけずられた彼女は、目を丸くしながら立ち上がった。会場がさらにヒートアップする。
「お~、あのソティラとかいうの、武に通じてやがんな」
「わかるんですの?」
「ああ。ここまでのやりとりで互いに染みついてた"間合い"を故意にくずしたのさ。素人にできる芸当じゃねぇ」
「……阿岸君って、なんかやってたんだっけ?」
「古武術をちょっとな。まあどんな奴でも、あれをやられちゃあ初見で対応すんのはむずかしいと思うぜ」
ぜえぜえと息をきらすヴェリス。対してソティラは、あれだけの猛攻を続けていたというのにさほど疲れがみえず、嬉しそうにはしゃいでいる。
「やっと当たったよ! 一撃いれるのにこんな苦労したの久しぶり!」
「ねえ、今のどうやったの?」
ヴェリスが純粋なまなざしで質問するが、今はまだ試合中だ。
ソティラはまた威風堂々の構えで、さわやかに返答した。
「ごめんねヴェリスさん、それはぜひ、自分自身でかんがえてみて!」
「……そっか、そうだね!」
再び攻防がはじまる。同じフェイント攻撃によって、ヴェリスは追加で二発ほどくらってしまった。体力はもう残り少ない。しかしここまでの経験によって一つ、彼女はあることに気づいた。
(あのずれる攻撃……直前にウニョウニョしてるやつはなんなんだろう?)
攻撃をずらす瞬間、ソティラの視線や挙動はあべこべになってしまうため、そこだけ追っていても先を読むことはできない。ただ、彼女の身体には透明なモヤがまとわりついており、それが本当に狙っているところへ突き出るように見えたのだ。ヴェリスはためしに、そのモヤを前提として動いてみた。
「そこだっ!」
果たして、四発目を避けきりカウンターへ転じるヴェリス。ソティラは反撃を想定していなかったのか、無防備だったところを突かれてそのまま吹き飛び、体力がゼロになってしまう。おそらく彼女は、ステータスのなかでも防御力が一番低かったのだろう。
優勝者が決まり、司会が高らかにヴェリスをたたえた。会場のボルテージはピークに達し、嵐のような拍手喝采はしばらく鳴り止むことがなかった。
むかし剣道をやっていた頃、強い人って
絶対なんか見えてるよなぁと思ってました。
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