第351話 一緒に
「相反する存在同士が手を取り合っていた……それも7次元のスケールで」
チャロがあごに手を当てる。ホウゲンの推察どおりなら、その目的は陽だまりの風が──殊に佳果が、然るべきタイミングで“呪い”と向き合うためだ。然るべきタイミングとは、先ほどの一斉共有を指している。
「となりますと、阿岸佳果の内側から湧き出ていた黄金の粒子──夕鈴のエネルギーはおそらく……」
「創造神による守護の一環だろう。やけに適合するとは思っていたがな……後ろ盾が“根源”ならば腑に落ちる」
「そういや、黒を受け取る力はあんたが授けたんだっけか。……元はと言えば俺を助けるためだったんだよな。なんつーか、世話になりっぱなしですまねえ」
「構わん。立場上、おれはあの娘の祈りを聞き届けないわけにはいかなかった……それだけのことだ。むしろ超感覚という弊害を間近で身続けていたお前としては、文句のひとつでも言いたいところではないのか」
「そうでもねーさ。どんだけ因果の流れが管理されてたにせよ、そんなかで下した決断そのものは俺やあいつだけのもんだろ? 意志を発揮できる余地を残しといてくれたって意味じゃ、純粋にありがてえと思ってる。結果についちゃ、自分たちで後始末するつもりだ」
「……そうか。詮ないことを言った」
「……」
チャロが佳果をじっと見つめて沈黙している。
「ん? なんだ、どした」
「いえ……あなたが成長を遂げたのはわかっているつもりなんですけれども。少しだけ、雰囲気が変わったと思いまして」
「あ、それわかります。別に言動はいつもの阿岸君なんだけど、なんかこう……」
「張り詰めていた糸がたわんで、軽やかになった感じですわね」
周りもうんうんと頷いている。佳果は頭をかいた。
「そーかな……? だとしたら、ちっとまずい気もするが。今は緩んでるような場合じゃねえし……」
「そのままでいいよ。……ううん、そのままがいい」
ヴェリスがやわらかく微笑む。その空のように澄んだ瞳を見て、彼は何度か逡巡したのち、困ったように「了解」とだけ返事した。
「しかし、あれじゃのう。夕鈴殿を直接まもっていたホウゲン殿が、守護を感知できなかったところをみるに……創造神様はやはり、6次元以下のすべての存在に対して秘密裏に計画を実行していたわけじゃな」
「そういうことになりそうだね。……押垂さんは、どこまで知ってたんだろう」
「──夕鈴、言ってた。神様たちがわたしを“選んだ”って」
彼女が静かにそう言うと、霊界へ還っていく夕鈴の姿が想起された。同時に、全員があのワードを思い出す。──ここが潮時かもしれない。シムルは意を決して口火を切った。
「特異点。黒龍様は、ヴェリスだけがそれに該当するとおっしゃっていました。そしてその生命エネルギーが地球と連動しているとわかった今……」
「ヴェリスさんに課せられた宿命が、極めて重要なことだけは間違いなさそうです。……衛星は、第一声で“捕捉しました”と言ってましたよね。あたしにはなんだか、あれがヴェリスさんだけを指して言っていたように思えるのですが……」
「……うん、そうだと思う。アレと目が合ったとき、わたし、なんとなくわかったよ。別の宇宙は……わたしにいてほしくないんだなって」
「!」
“この宇宙”にそう思われていると長らく確信していた佳果だからこそ、わかることがある。この場合の「いてほしくない」とは、単なる排他的思想の延長線上にある存在否定ではない。彼女にとっては経験したことのない、深くアイデンティティを揺るがす最後通告に聞こえてもおかしくないだろう。そしてその解釈がもたらすは、得てして──。
「でも、ちょっと安心したんだ。だって、みんなは……佳果は、ここにいていいんだって教えてあげられた気がするから」
「ヴェリス、お前……」
「──狙いがわたしなら、あげてもいい。仲直りするなら、こころをくばらなきゃ」
それを聞いた瞬間、シムルがすごい剣幕で立ち上がる。さも“自分はいちゃいけない”という顔をしている彼女に、苛立ちをおぼえたからだ。いつぞやに喧嘩したとき以来の、強い衝動が襲ってくる。彼はその荒々しい感情をなんとか抑え込みつつ、一世一代の説得を──。
「なんて言ったら悲しいよね、楓也」
「えっ……」「………」
シムルは言葉を飲み込み、楓也は少し目を見開いた。
「大丈夫、わかってるよ。別の宇宙にはごめんなさいだけど……わたしはここにいたい。佳果たちと一緒に、みんなが幸せになる道を探したい」
(ヴェリス……)
「だからがんばっていっぱい考える! 別の宇宙にとって何が“痛い”のか。それがわかればきっと、どうやってくばったらいいのか見えてくるはず」
──はにかむ彼女の言葉は、希望に満ちていた。
それは陽だまりの風という場所が生み出した、たどたどしくも力強い、光の意志であった。
はからずも序盤のほうと似た文体になりました。
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