第349話 むんず
「剣を鑑定……?」
ヴェリスは戸惑った。自分にできるのは魂の鑑定だ。確かにノーストの魔剣は、まるで生きているかのような強い存在感を放っている。しかし実際に生命たる根拠を携えていなければ、鑑定はできない。
「──まだ超感覚を制御できていなかった頃、お前はすぐそばで“外側の黒”を感じ取るのが危険だって理由で、ノーストさんと距離を取ってたよな。魔人の波動に慣れないうちは、視界に入れる頻度も少なくしてた」
「うん」
「その名残で、決戦のときは気づかなかったんだろうけど……この剣には魂が宿ってるんだ」
「!」
「視ればわかる。取り返しがつかなくなる前に……いっちょ頼むぜ」
言われるがまま、彼女は瞳を宇宙にした。すると魔剣が纏う禍々しい気配の中枢に、白が混じっていることがわかる。これはもしや──俄然、集中モードに入ったヴェリスの生命エネルギーがウニョウニョと動き始めた。その様子を、シムルは緊張の面持ちで見守る。
(おれが同じことをやっても、零気越しになるから届かない。けど、そのオーラを纏っているお前ならすぐに気づいてもらえるはずだ。それに……)
目を閉じて、宇宙に浮かぶ青き星をイメージする。
(その瞳は、地球の眼差しでもあるんだろ。だったら──見つめられて、振り返らないわけにはいかない。愛する者なら、誰だって)
確信めいた心で、宙を仰ぐ。
彼に魔剣を貸与したノーストも、同じ相手を想像しながら静かに言った。
「敵方の打ってきた最後の一手……吾らだけで打破するのは難しくとも、うぬが加われば超えられぬ壁ではない。──そうであろう?」
『ああ。伊達に継いだ役割ではない』
黒雲に隔離され、何者にも干渉不可となっていたはずの次元。その片隅で、空間に亀裂が生じた。そこへひとりでに飛んでいったドゥシュタ・ニル・ガマナがブンと一振り空を斬り裂き、亀裂は割れ目へと拡張する。
そして割れ目から現れた剛腕は魔剣の柄を握りしめると、それを次元の外という鞘に納めた。次の瞬間、抜刀による一閃が周囲の空間を瓦解させ、鬼のような姿をした美丈夫が内部へ突入する。まもなく陽だまりの風の前へと降り立ったのは──禍津神ホウゲンだった。
彼がヴェリスに気づいてくれたことに、感謝の笑みを浮かべるシムル。
「来てくれましたか……!」
『黄泉比良坂まで目配せできる者など、特異点以外には考えられなかったのでな。なりふり構わず来てみれば、期待に違わん山場に立ち合えて何よりだ。おかげで過去の不始末に王手をかけられるというもの」
そう告げると、ホウゲンは自爆寸前の黒雲を射すくめる。
『お前たちには何杯食わされたかわからんな。しかし、積年の痛みは我々に超克の機会を与えた。もはや粗方、解析も済んでいるぞ。こうして居所さえわかってしまえば……理のズレを埋めることなど造作もない』
魔剣──自身の分霊を吸収したホウゲンが姿を変化させる。基調は黒から白へと変わり、二本あった角の片方が消えた。彼は黒雲へ掌を向けると、知覚できるが視認できない、無色透明なエネルギー波を放出した。その振動に当たったそばから、膨張していた黒雲が見る見るうちに萎んでゆく。
「影響を与えている……! ということは」
「ああ、どうやら“呪い”に干渉できる周波数らしいな。あやつめ、とうとう成果をあげたか」
外の理に対抗しうる謎の力に、目を見張るチャロとノースト。先ほど粗方と言っていたところから、まだ不完全なのは察しがつくが──この窮地を乗り切るための切り札としては申し分ない。
やがて手のひらサイズまで小さくなった黒雲をむんずと掴んだホウゲンは、誰にも聞こえぬ声でひとりごちた。
(……この感覚、どこか懐かしい。うねり狂った未来の果てで、誰ぞに救われたことでもあったのだろうか)
神のみぞ知る、因果律のデジャブ。彼はその余韻に浸りつつも、厳しい雰囲気のまま、おもむろに黒雲を佳果の頭部へと押し戻した。同時にサプレッションが解除され、ヴェリスともどもオーラが消える。
『こいつはお前の精神体を棲み家としている。今ので毒抜きは完了したゆえ、もう暴走することはないだろう』
「そうか……助かったぜ。しかし、だいぶ縮んだな……」
『体積が減ろうとも、思考能力そのものは健在だ。意思の指令が矯正された今のお前なら、使い方を間違うこともあるまい。今後どう活用するのかは自分で決めろ』
「……ああ、わかった。ところで、毒抜きする前の中身ってどうなってたんだ? いくら考えても解けなかったから、ちっとばかし悔しくてよ。よかったら後学のために教えてほしいんだが」
『阿僧祇劫はやい。お前が学ぶべきはもっと手近な領域にある。とっとと仕上げて、あの娘を迎えにいってやれ』
「……ちぇっ、さすがにお見通しか」
「?」
楓也が訝しがっていると、「とかく、いったん撤収します!」とチャロが空間のシャットダウンを始めた。差し当たり次元ジャックから解放された今、これ以上のイレギュラーを避ける意味でも、ここが引き際なのは自明の理だ。異議を唱える者はなく、陽だまりの風はシームレスに零子の館へ帰還した。
まだ一部の情報共有が終わっていない件については、ホウゲンが特別にこの場で代行してくれるらしい。
ひろく知られているわけではないとわかっていても、
たまに仏語を使ってしまうことがあります。
他の語彙で端的に表せないような意味が
一語に凝縮されていることが多く、純粋に便利なんですよね……。
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