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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十六章 贖罪がもたらすは ~懺悔に花を添えて~
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第348話 衛星

「ホソク シマシタ」


 ヴェリスの素性を知り、皆が息を呑んだ瞬間であった。にわかに黒雲が開眼し、無機質な声が響きわたる。それは、かの決戦でアパダムーラが反撃フェーズに入った時に発したものとまったく同じ抑揚であり――各々(おのおの)、あの“歪な時”で何が起こったのかが強制的に想起された。

 そのトラウマを更新するかのごとく、黒雲は謎の触手を四方八方に伸ばし始める。


(! まずい――)


「おい」


 即座に転移魔法を構え、離脱を試みようとするノースト。

 しかしそれよりも早く、佳果が黒雲に向かって言った。


「……お前らが何をしたところで、これ以上歯車(はぐるま)が狂うことはねえ。俺は……俺たちはもう、愛し方を知っているからな。それを教えてくれたのはある意味で、お前らなのかもしれねえが」


 刹那、彼の纏っているオーラが迫りくる触手を全て弾き、光で消し飛ばした。皆のほうへ伸びた分についても、ヴェリスが同様に“浄化”してゆく。これを受けて、


「ダイタイアン ジッコウ シマス」


 黒雲は次なる手を打ってきた。瘴気が大量に放出されたのである。濃度は世界悪意のそれと遜色なく、弱化したアパダムーラの核から漏れ出たものとは、比較にならないほどおぞましい。


「阿岸君!」


 不測の事態に見舞われるなか、いつでも動けるよう身構えていた楓也は、俊敏に佳果のもとへ駆け寄った。彼は黒を受け入れながら白を発揮できる稀有な才能を持っているため、心に“真の勇気”を灯し、瘴気の影響を無効化することが可能だ。此度も世界悪意に向き合ったあのときと同じ要領で闇を欺き、いっさいの光を失った瞳で庇いに入る。


(……新しいサプレッションが瘴気も浄化できる代物とは限らない。それに、真の勇気はこんな不意打ちに対応できるほど即席で出せるものじゃないからね)


 楓也が瘴気の前へ躍り出ると、少し鼻白んでいた佳果が安堵の表情を浮かべる。――幸い、要らぬ世話ではなかったようだ。彼は影のなかで得意げに笑うと、


(まだまだいくよ!)


 血気盛んに、今度はあえて真の勇気を解除してみせた。すると周囲の瘴気がこぞって彼を目指すようになり、目下、脅威を一手に引き受けることに成功する。

 一見、この行動は火中の栗を無理やり拾いにいったようにも映るかもしれない。だが、実はそうした衝動的な自己犠牲の類ではなく――、


「ラクシャマナク弐式……!」


 友への絶対的な信頼を前提とする、極めて前向きな身の切り方だった。

 瘴気は視界に入れるだけでも狂乱状態に陥るため、真の勇気を会得していないガウラにとっては文字通り致命的だ。しかしこの固有スキルを使えば彼のみならず、パーティ全体がその悪影響を一度だけ拒絶できる。そしてその拒絶が働く須臾しゅゆさえあれば。


「よくやったぞ、二人とも」


 ノーストが直毘神としての神気を用い、“まが”を操る権能を行使する。彼は先ほど転移魔法を発動しようとした際、膨大な魔力を充填してしまっていたゆえ、そのままでは斥力の衝突を免れず、この権能を行使できなかった。だが楓也とガウラの機転により、発散する時間が稼げたかたちだ。結果として瘴気は全量、あるべき次元へと返還されてゆく。

 三者の連携が見事に黒雲の代替案を挫き、九死に一生を得た陽だまりの風。佳果は彼らの絆を称え、たいそう誇らしげに口元を緩めた。


「ボウガイ ハッセイ …… ショウゴウ カンリョウ …… ロウゴク カソウ …… マガツカミ ト ドウシュ ノ ハドウ」


「! 禍津神って……例の神社の、御祭神様でしたわよね?」


「ええ。それと同種の波動ということは、もしかして……」


 まだ魔人としての彼しか知らぬアーリアと零子であったが、先の“元灰色”発言も相まって、いよいよ思うところがあるようだ。いっぽう、すでに零気纏繞の眼差しでノーストの正体を見抜いているシムルは、別の部分に引っかかっていた。


(牢獄、下層? ……どういう意味だ)


 すぐに連想されたのは地獄。かの次元が、規定量のカルマを超過した魂が収容され“禊”が行われている場所なのは、以前ノーストが言っていたとおりである。それはある種、牢獄とも、監獄とも捉えられよう。だがそれならば、地獄と表現しなかったのは故意なのだろうか。単に相手方の宇宙ではそう呼んでいるだけ、という可能性もあるが――。


(……実在する次元なのか? 仮にそうだとして、禍津神様はそこで何を)


「……」


 多くの疑問が飛び交うなか、人知れずチャロも考えていた。そもそも、黒雲の言葉を認識できている理由がわからない。――ふと佳果のパラメーターを再確認すると、知力欄が文字化けの状態から“∅”に変化しているのに気づいた。


(! 自動翻訳が機能している。……彼が主導権を握ったからでしょうか)


 この“空集合”が何を意味するのかは不明である。ただ、あのときアパダムーラの言葉が理解できたのも、おそらくこれと同じメカニズムによるものだと彼女は推測した。


(……あちらの場合、手綱を握っていたのは暗黒神ですね。かの魔獣しかり、ちんにゅうしゃたちはいずれも機械仕掛けに見えますが……いったい何の目的で、どんな経路でこの星に……)


「セイアツ フカ ト ハンダン …… ダイゴ ダンカイ ヘ イコウ シマス …… ホン エイセイ ハ ハキ」


「!?」


「……意味深な言葉ばかり並べおって。よその宇宙ではこういうのが流行っているのか」


「なんだかアキちゃんみたいだね!」


「……ウー。さすがにそれは、あの人でもちょっと傷つくんじゃないかな……」


 楓也が苦笑する。にわかに場の雰囲気が少し軽くなったのは、今しがた黒雲が発した言葉に“仕切り直し”の意図――この場を放棄して一時撤退、敗勢を立て直そうとしているニュアンスが含まれていたからだ。ただ、それが“第五段階”を捨て置いていい理由になるわけではない。佳果は冷静に整理した。


(とりあえず、絶体絶命の窮地からは脱したらしい。だが……こっから先は判断が難しいところだ)


 “制圧”などという物騒な言葉を聞いてしまった手前、みすみす次の機会を与えるのは憚られる。とはいえ、深追いして何か奥の手でも出された場合、対処しきれる保証はない。みだりに仲間を危険に晒さぬためにも、ここはあえて泳がせ、現在、過多といえるほど大量に舞い込んでいる情報を吟味するのが先決だろう。

 ――ただし、最優先すべきはあくまで「本衛星は破棄」の解釈である。


(要するに、黒雲(コイツ)自身が衛星ってことだよな。自律型に見えるが……妙に報告じみた喋り方をしてるあたり、中継的な役割ってところか。だとすりゃ、次段階へ移行すんのはまだ俺たちを“制圧”する腹積もりでいる証拠だ。そのわりにボロボロとネタバラシしてる感があんのは――まあ、別に隠す必要がねえって余裕の表れだろう。これから破棄する(・・・・)わけだしな)


 佳果がそこまで思い至ると同時に、黒雲の瞳に描かれた奇妙な模様が、部分的な明滅を始めた。瞬くたび、空間が歪むような感覚が押し寄せてくる。


「む……」「およ」「わわっ!?」


「これは――ハッキングです!」


 慌ててノースト、ウー、零子、チャロが対抗を試みる。しかし相手は、ただの青年の思考能力を元シンギュラリティを超える領域まで引き上げた未知の文明に由来する衛星だ。案の定、演算処理は追いつかず、陽だまりの風はあれよあれよという間に籠中こちゅうの鳥にされてしまった。


「そんな、空間を閉じられない……!」


「不覚を取ったか……よもや、次元そのものにつけこまれようとは」


「まずいね、他の世界から完全に隔離されちゃったよ」


「うう、まさかこんなことになっちゃうなんてぇ……」


「!」


 零子の涙声を聞いて、ヴェリスが顔を上げる。ここまで次々とやってくる精神的な衝撃を受け止めることで精一杯になっていたが、そうやって俯いているだけでは事態は悪化してゆくばかりだ。


(どうしよう……このままじゃみんなが……)


 なんでもいい、突破口を見つけなければ。

 何か自分にもできることは――。


(……? あの目、わたしたちを……わたしを、消そうとしてる?)


 不意に視線がぶつかり、彼女は直感的に黒雲の狙いを悟る。

 どうやらアレは、まもなく自他もろとも全てを葬り去る算段のようだ。


「くっ……」


 いっぽう、その自爆(・・)を一足先に予期していた佳果は、全力で抗う術を“考えて”いた。しかし一向に最善の手が見つからない。彼は並列思考のなかに焦燥が混じるのを感じた。


(主導権は依然として俺にあるはず……なのになんで勝手に動きやがる! こうなったときのために、専用プログラムを組んでたってことか? だとしたらどこまで用意周到なんだよ、別の宇宙の奴らは!)


 やはり、こちらの神々すら出し抜いた性質は伊達だてはないということか。

 再び鬼気迫る佳果を見て、ヴェリスは先ほど現れた夕鈴の言葉を思い出す。


『ここからが佳果だよ!』


 彼女の気持ちが、今になって痛いほどに理解できる。

 佳果にはもう、あのような顔をさせるべきではない。

 だが、そのためにできることなど何ひとつ――。


「ヴェリス」


 はっとして横を見ると、シムルが顔を覗き込んでいた。


「大丈夫だ。俺たちでなんとかするぞ」


「!? でも、どうやって……」


「とりあえず、こいつを鑑定(・・)してくれ。話はそれからだ」


 彼が差し出したのは、ノーストの魔剣。

 ドゥシュタ・ニル・ガマナだった。


今回は新しい表現方法を取り入れています。

※「、」のあとにセリフやモノローグがきてる箇所

これ、普通の小説だとご法度なんでしょうけれども

筆が進みやすくなるので思い切って導入してみました。

……まあ、某有名作品でも使われてることですし

ヨシとしましょう、うん。


※お読みいただき、ありがとうございます!

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