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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十六章 贖罪がもたらすは ~懺悔に花を添えて~
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第345話 パズル

 チャロの放った言葉は、各々の心にさざなみを立てた。それは細かく、小さな切迫感の群集であったが、寄せては返すうちに粗く荒くうねり始め、佳果の一声で渦状かじょうの大波乱へと変わった。


「ああ、遅れは取らねえ。だから――先に俯瞰させてもらうぜ」


 瞬間、これから空間に投影されるはずだったであろうシムルとクルシェの対話、ならびにアーリア・ヴェリス・零子・ノーストの四名が抱えていた問題にまつわる映像が、目にも止まらぬ速さで再生されていった。ほとんどサブリミナルに等しかったところから、おそらく速度は1000倍超。

 突如としてめくるめく情報の洪水に流され、楓也とアーリアはよろりと頭を押さえた。


「い、今のは……」


「なにか、たくさんのビジョンが閃いて……うう、頭がじんじんしますわ……」


 神経が千切れた直後のような、生暖かい痛みと痺れ。それが脳天から足の先まで走り抜け、原因不明の鳥肌が立ち続ける奇妙な感覚。――二人に限らず、全員が突飛な不調に見舞われる。しかし、かねてより“不届き者”として類似の力技を駆使してきたチャロだけは唯一、状況を冷静に把握することができた。


(まさか共有を強制的に押し進めるなんて……)


 現在()だまりの風が臨んでいるこの空間は、零子・ノースト・ウーの協力を土台に、彼女が演算をおこなうことで一時的に顕現している特殊な次元に相当する。ただ、細かい(ルール)の構築についてはチャロの領域(しごと)であり、たとえば映像を共有するタイミングについては、メンバーそれぞれの自由意志に委ねるかたちでプログラムを組んでいた。ところが、今しがた佳果はそれを勝手に改変した挙げ句、「先読み」をやってのけたのだ。


(つまり、黒雲アレを使っている阿岸佳果の思考レベルは少なくとも私の演算能力と同等以上ということになる。……優に人の域を超えていると言わざるを得ません)


 ――驚くべきは、それだけでない。彼は順繰りに共有されるはずだった映像を、ごく僅かな尺に圧縮して再生した。これは脳が短期的に受容できる情報量、言い換えればメンタル体が短期的に咀嚼できる情報量を大きく超えているため、普通であれば内容を理解できぬまま、楓也たちと同じように目眩と疲労感だけが残るものなのだ。

 しかし、映像の再生前と後で佳果の様子は変わっていない。それは彼が、さきほどの一瞬で情報を捌き切ったことを示している。

 気怠そうにふるふると首を振ったノーストは、憐憫の情を口にした。


「敵方も、さぞ面食らっているだろう。あろうことか撒いた劇毒は制され――」


「今や自分たちにその毒牙が向けられている。……皮肉なものですね」


 チャロの同意に、彼は無言でうなずいた。

 今ごろ、どこかで戦々恐々としている者たちがいるのだろうか。


(……セレーネは、幼き頃の佳果も黒雲(アレ)を発現させたことがあると言っていた。当時のあやつは心身ともに未成熟で、思考も不完全だったようだが……今ならば、あるいは)


 たやすく元凶に辿り着き、厳しく是非を問う運びとなるかもしれない。その失態(リスク)を察知し、敵方はすでに「捨て置けぬ」と火急で動き始めている可能性もあるが――いずれにせよ、掘られた墓穴が真っ先に埋めれる展開は想像にかたくない。その合図に“開眼”が利用される可能性を考慮しても、黒雲(アレ)から片時も目を離すべきではないだろう。

 チャロとノーストはいっそう警戒を強め、注意深く黒雲の動向を見守った。


「ぐるぐる……はッ!?」


 いっぽう二人の頭上で目を回していたウーは、にわかに意識を取り戻すに至った。一頭身(いっとうしん)フォルムの自らを、短い粒子の両手でボフボフと叩いて喝を入れる。


(いけない、いけない。しゃきっとしなきゃ!)


 ――先刻の倍速再生は、彼が転生時におこなった"振り返り"の走馬灯に匹敵するほど、強烈な目眩をもたらした。精霊は人間より処理できる「情報量」が多いものの、肉体を持たない分、受け取る“信号”の純度が増すため、楓也たちよりもむしろ深刻な不調を被ったと言って差し支えない。今回はギリギリ持ち直せたが、次は退場させられるかもしれない。


(……ヨッちゃんは、みんなにこういう負荷がかかること、わかっててやったのかな?)


 そうであるとすれば、彼は語彙だけでなく倫理観にも変調をきたし始めていることになる。単に、「一緒に背負う」という陽だまりの風の総意を汲んだ苦肉の策だった可能性も否定はできないが、とはいえ、この状況を見て“佳果が優勢である”と判断するのは、希望的観測でしかなさそうだ。再び(あし)を掬われぬよう、気を引き締めなければ。


「――途方もねえ分岐の数だ。こんだけ“考えて”ようやく見えてきやがったぜ」


 不意に、佳果が顔を覆っていた右手を静かにおろした。まだ混乱の渦中にある仲間たちをさて置き、彼は無表情のまま、先読みした情報を整理し始める。


「神社で受けた“黒い光”。コイツの悪影響は、俺らの記憶が欠落しちまったことにとどまらねえ。発症のタイミングからして、和歩の奇病の直接的な理由にもなっていたと考えるのが妥当だ。だが、それならどうして俺や夕鈴は免れたのかって話になる。……いや、少し違うな。コイツの目的は何かを“狂わせること”。和歩の場合、そうするのに奇病が適してたってだけで、俺たち二人についてはおそらく……他の手段が用いられたと見ていいだろう。もっとも、最後に取って食う魂胆があったって意味じゃ、同じことかもしれねえがな」


 ――若くして故人となってしまった夕鈴と和歩。それぞれ死因の共通点として挙げられるのは、魔神の存在である。夕鈴はチャロの発動した偽りのエピストロフによって不当なカルマを背負わされ、寿命のいっさいを刈り取られるかたちとなったわけだが、その背後にいたのはすべての魔神を統べる暗黒神だった。


 和歩に関しては、薬による霊感上昇で衰弱していたものの、実質的にとどめを刺したのは母に憑いた「依帖を手引きしている魔神」。ただし、彼奴きゃつもまた魔神である以上、上からの指示で動いていた思われるゆえ、暗黒神と一枚岩だったと理解して問題ないだろう。


「んで、俺はどうなのかと言えば……癪なことに、まだ死んでねえ。死んでこそいねえが……黒龍の話を思い返すに、陽だまりの風は太陽神が時間軸移行をかける前の“歪な時”において、滅びる未来へ向かっていた。そのシナリオ上じゃ、俺は“真の勇気”を見出だせねえままムンディに挑み、返り討ちにあう筋書きになっていたわけだ。――この幕引きが狂わされていた結果(・・・・・・・・)だと仮定する場合、あんとき俺が黒い光で受けたのは、そういう因果に帰結するよう仕向けるための印みてえなもん、ってことになる。呪いと言い換えてもいいだろう」


「呪い…………ん、待てよ。でもそうなると……」


 まだぼんやりとしている頭をフル回転させた楓也が、顎に手を当てて違和感を吐露する。佳果はちらと彼に視線を移し、さらに口数を増やした。


「ああ。その呪いに端を発した滅びる未来っつうのは、根っこの部分に暗黒神による“不正”があった。だからホウゲンは神格を失ってまで夕鈴を助けるために地獄へ落ちたし、太陽神はチャロや明虎、ばあさんを介して太陽の雫が俺の手に渡るよう根回しした。さらには実際に俺をアスターソウルの世界へ引き込み、あまつさえ手ずから旧時間軸の脱却までおこなった。その流れを作る一環として、黒龍は先んじてウーを派遣し、おかげで俺は零気を通じて“真の勇気”に気づくキッカケを得て、確定していた死の運命を覆すに至った。ムンディは魔神であるにもかかわらず、その事実を公平に認めて、俺たちが天人(SSⅧ)へ進むために試練を与えた。しまいにゃ上司のやり方が気に食わねえって理由で反旗すら翻し、色々と協力してくれた。アパダムーラとの戦いがなんとかなったのも、あいつが早期に知らせてくれたからだった」


「……そう、でしたね。あたしたちは神々の導きなくして、ここに立っていない。それは間違いありません」


 四柱の神を浮かべ、零子が感謝の祈りを捧げる。しかし、黙祷を終えて目を開けた彼女は「でも……」と表情を険しくした。その心中を暴くかのごとく、佳果は続ける。


「ところがどっこい、呪いの根源はあくまでも黒い光だ。裏を返せば、魔神たちは呪いの効力が発揮された結果、動かされていた(・・・・・・・)とも解釈できる。しかも、その筆頭をやってる暗黒神は“安寧”なんつう似合わねえ言葉を残して、今は“愛の光の誘発”から手を引いている。仮にこの情況が魔神側の本懐だったんだとすりゃ……“狂わせること”とは、まるで反りが合ってねえ。必然的に、俺たちは認識を改める必要がある。センコーの魔神が言っていた“沐雨”と“最善”の意味、それがどの観点から見てのもんなのか。そして誠神側を含め、なぜ神様連中はこぞって呪い自体への対処を見送ってやがんのかをな」


 佳果の視線がノーストに向けられる。

 彼は組んでいた両手をほどき、真正面からその蒼き炯眼を受け止めた。


「その答えはおそらく、うぬのそれとも関係している。……よかろう。これより吾らの見解を示す。“元灰色”としてな」


「ノースト……?」


 訝しむヴェリスの横を通り過ぎ、彼は皆のほうへ振り返る。そしておもむろに魔珠と愛珠を生成してみせると、前者を右手、後者を左手で包み、これらを握り潰した。――それぞれに、黒いオーラと白いオーラが立ちのぼる。


「かたや魔気、かたや神気。相反する性質をもつこれらのエネルギーを近づければ当然、このような結果が生まれる」


 そう言って、ノーストはゆっくりと両手を合わせた。

 刹那、非常に強い反発の力が働き、彼の両腕が彼方へと吹き飛ぶ。


「!? ノーストさん……!!」


「案ずるな。今のは幻影魔法で視せた“実際に起こり得た”映像に過ぎぬ。吾が解除を宣言すれば……このとおり、なんともない」


 解除というワードを聞いた途端、ノーストが元の姿で視認されるようになる。どうやら実際に怪我をしたわけではないようだ。アーリアはホッと胸を撫で下ろした。


「――あらためて、今しがたの反発こそが斥力と呼ばれるものだ。これが働くゆえ、誠神と魔神はお互いに近づくことさえできない。例外的に、黒龍や禍津神のように中間の性質をもつ神はさほど斥力の影響を受けないが……こと呪いに関して、そうした理はそも意味をなさない。……次は実演とまいろう」


 先ほどと同じ要領で白黒のオーラをつくり、黒雲のそばへと向かうノースト。慌ててシムルが止めようとするが、彼の姿がなぜかクルシェと重なり、思わず踏みとどまってしまった。その光景をハラハラと見守っていた一同もまた、ノーストの雰囲気や佇まいが以前にも増して威風堂々に感じられ、自然と肩の力が抜けていく。


 やがて佳果の目の前に到着したノーストは、二種のオーラを交互に黒雲へかざした。すると案の定というべきか。反発は起きず、黒雲のまぶたも閉じたままで、特に変化は見られない。


「ご覧のとおりだ。佳果、和歩、夕鈴が受けた黒い光も、これと同じ特質をもっていた。つまるところ、呪いとはあらゆるエネルギーと絶縁状態の“外の理”に該当する。ゆえに神々はその存在を感知できぬし、仮に捕捉できようとも、直接の干渉は不可能。もし操る術があるにせよ……それは管理者権限を持つ者に訊くほか、知り得る手段はない」


「外の理……管理者……よもや」


 表情を強張らせるガウラに、ノーストは小さく頷く。

 そのすぐ後ろで、佳果はギラギラとした瞳で虚空を見上げた。


「これではっきりしたな。……俺たちはずっと踊らされ続けてんだ。別の宇宙の奴らに」


 ――真実のパズルが、完成へと近づいてゆく。

ここで、過去のエピソードで登場したワードの

引用・伏線回収について補足しておきます。


不届き者=第142話

メンタル体=第335話

開眼=第330話

走馬灯=第253話

黒い光=第314話

奇病=第315話

滅びる未来=第105話

不正=第225話

愛の光の誘発=第132話

魔珠・愛珠=第173話

口数=第55話


300話台など最近のお話は記憶に新しいかもしれませんが

それ以前の内容は忘れているかと存じますので

よろしければ遡って確認してみてください。


……長編ってこういう難しさがありますね^^;


※お読みいただき、ありがとうございます!

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