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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十六章 贖罪がもたらすは ~懺悔に花を添えて~
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第343話 フジョウ

「こ、こいつは……!」


「……やっぱり、この時代から関わっていたんだね……」


「!? 兄ちゃんたち、このおっさんが誰か知ってるの!?」


 暗闇のなか、千歳と対峙している白衣の人物。先の追体験において、シムルはこの男の正体と足取りを掴みきれぬままだった。非常に危険な相手なのは間違いないため、実は後ほど独自に再調査を進めようと考えていたのだが――どうやら兄たちは素性を知っているようだ。佳果は険しい表情で男を射すくめながら言った。


「そうか。俺たち以外は、顔を知らねえもんな……」


「……この御仁こそ。わしらの元担任教師にして、佳果を骨の髄まで苦しめた張本人――依帖えご先生じゃよ」


 刹那、彼が“浄化の光”と呼んでいた青白いものが千歳を包み込んだ。その凄まじい狂気に、チャロとノーストは思わず顔をしかめる。


「この歪なエネルギー……」


「ああ、魔神のちからで間違いあるまい。それも……山の荒振あらぶるかみだ」


「! それって、あたしと昌弥を襲ってきたのと同じ……!?」


 熊本にて遭遇した魔神――あれも元は山の神だった。山の神は神格が高く、強大なちからを持っている。あのときはムンディが介入してくれなければ、おそらく全滅していたことだろう。そのような存在と同等の脅威から“浄化の光”を授かり、自身を媒介として他者へ受け渡すなど、どう考えてもまともな人間ができる芸当ではない。


『さあ、大学病院に戻ってください』


 それを証明するかのごとく、彼は千歳に怪しい薬をチラつかせると、和歩の転院手続きを誘導したのち、まもなく行方ゆくえをくらましてしまった。結果、和歩は幼くして望まぬ霊感を開花させられ、やがて生命エネルギーに異常をきたして再起不能の昏睡状態に陥る。その看病へやってきたはずの千歳は、あろうことか息子を手にかける凶行に及んだ。


『悪く思うな。これが最善である』


「なっ……おい、やめろよ母さん……!!」


 過去の映像だとはわかっていても、身体が反射的に動いてしまう。和歩の首を絞め上げる母を止めようと飛び入る佳果であったが、お互いの身体が透けて触れることはできない。弟は見る見るうちに痩せ細り、白髪と化してゆく。斯様な非道を泣きながら笑顔で働く母の姿は、あまりに凄惨で直視できなかった。


「クッ……ソがぁ……!」


 激しい怒りと悲しみでガタガタと打ち震える佳果。それでも歯を食いしばって母の背後を確認すると、先ほどの“浄化の光”と同じ色をしたエネルギー体――魔神が出現している。


《ここで足掻けば、沐雨は長引くのみぞ》


 魔神は意味不明な発言で抵抗を示したが、太陽神の神気を解放した千歳が己の“器”を修復したことで干渉は遮断、どこかへと強制送還されてゆく。いっぽう愛の全放出をおこなった千歳は生命エネルギーが尽き果て、容姿の回復した和歩とともにまもなく霊界へ旅立つ。――最期に母が心でささやいた言霊は、佳果の魂をかき乱すのに十分な慈愛を帯びていた。


『……あとはあなたの心次第。こんなお母さんでごめんね……でも、きっと上手くいくって信じてる。なんたって、わたしとあの人の息子だもの。……世界のこと、頼んだからね。佳果』



 壮絶な“真実”を前に、力なく膝から崩れ落ちる佳果。

 京都のときと同じ、大きな喪失感が彼の全身を蝕んでゆく。


(……あいつが言ってたことは……本当だったっていうのか……)


 あの折、依帖は弟の死因が医療ミスでなく、“新薬の実験”であると言っていた。当時は頭が真っ白で何も考えられなかったが――事件後、たびたびその言葉を思い返しては、「与太話だ」と思いつつも「何か裏があったのかもしれない」と眠れぬ夜を過ごすことがあった。その憂慮に、よもやこのようなかたちで終止符が打たれようとは。


(……だが、あいつは嘘もついていた。母さんは和歩のあとを追ったわけじゃねえ。……俺を、置いてけぼりにしたわけでもなかった)


 むしろ、母は何らかの使命を果たすべく未来(じぶん)へ希望を託して帰らぬ人となった。――その事実が、佳果に一縷の光と一抹の闇をいっぺんにもたらす。


「俺は今まで……こんな大事なことを……何もかも忘れて……“考える”こともせずに……」


「阿岸君、大丈夫……!?」


「ひどい顔色です……楓也さん!」


 零子の目配せにうなずく楓也。魔道士二人が片端から回復魔法をかけてゆくさなか、ヴェリスは佳果の前でかがみ、彼の頬を両手で包みこんだ。


「――佳果、わたしがいるよ。シムルがいるよ。ナノとゼイアもいるよ。みんながいるよ。だから落ち着いて。ゆっくり息を吸って」


「……」


 震えていた佳果はおもむろに顔を上げた。

 ――彼女の瞳に、夕鈴と同じ晴天が垣間見える。

 刹那、彼の心は軽く、そして重くなった。


「……すまねえ、ありがとう。だがヴェリス……どうやら今の俺に、“逃げる”って選択肢はねえみたいだ」


「え……?」


「佳果、それはどういう意味じゃ」


「……俺さ、苦手なんだよ。苦手だと思ってたんだよ。苦手だと思わなけりゃ……何かが壊れるって、心のどっかでずっと感じてた」


(佳果さん……?)


「だからクイスの……あのダクシスとかいう奴が、見透かしたように言ってきたのは正直気味(きみ)が悪かったな。……俺が聡い(・・)? んなことあるわけがねえ。俺は子どもの頃から腫れ物で、素行不良で――勉強なんざろくにしてこなかった、ただの落伍者なんだからよ」


「……ノースト」


「ああ」


 小声で合図するチャロに、静かに「心得ている」と返すノースト。しかし、彼のこめかみには冷や汗が伝っていた。そんな尋常でない二人のやり取りを聞き、シムルは心拍数を上げながら思考を巡らせる。


(……おれも兄ちゃんも、あの神社で起きたことを忘れていた。それはたぶん“黒い光”が原因で間違いない。でも……そこから先に起こったこと。おれと母ちゃんが死んだ本当の理由や、背後にあの依帖や西沖っておっさんたちがいたことについては、別の――)


 そこまで思い至り、ふと気づく。兄の顔に近い空間が、得体の知れない不気味さを醸しているのだ。このまま静観していれば、何かとても不吉なことが起きるような予感がする。ただ、もしそれが()の類なのだとしたら。ここは怖気づかず、出し尽くしてしまったほうがよいのかもしれない。なぜならそれを成し遂げる上で、このメンバーは考えうる限り最強の布陣なのだから。


(兄ちゃん……どうやら、正念場みたいだよ。おれは、おれが死んだあとの兄ちゃんをあまり知らない。でも……教えてくれないだけで、きっと想像を絶するような辛いことがたくさんあったんだと思う。そんなとき、近くで支えてあげられなかったことが本当に悔しい。けど……今は違う。こうしてちゃんと傍にいられてる。みんなと一緒に、何があっても全霊で受け止める覚悟ができてる。だから――兄ちゃん!)


 シムルの心の叫びに呼応するかのように、佳果は鬼気迫る表情でつぶやいた。


「だが、いっそ認めちまうってのも一つの手だったんだろう。そうすりゃ、見えてくるもんがある。……そうしなけりゃ、見えてこないもんがある。さっきの記憶みてえにな」


 ゆらりと立ち上がった佳果は、闇の空間を数歩すすんでから皆のほうへ振り返る。


「センコー、西沖会、魔神、黒い光。母さんが記憶を失った理由。父さんが帰って来なかった理由。和歩とこっちで再会した理由。――今、俺がここにいる理由。夕鈴(あいつ)がいない理由」


 ひとつひとつの理不尽を、噛み締めるように言葉にする。その様子を皆が固唾をのんで見守るなか、彼はやや上を向き、額を右の掌で覆った。


「ぜんぶ解き明かすにはまだピースが足らねえ。――だから、よこせよ。そうでなけりゃ……俺がみんなと一緒に居ていい道理なんざ、どこにもねえんだ」


 佳果が啖呵を切ると、呼応して透明な“何か”が出現する。彼の頭部と重なっていたそれは糸を引きながら次第に上昇し、やがて頭上で輪郭を帯びた。しわくちゃの脳に酷似した黒い雲。中心部には、まぶたのようなものが確認できる。

佳果に施されていた封印が解けつつあります。

夕鈴や雨知夫妻の心奥やいかに。


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