第342話 抱えているもの
次なる場面へと飛ばされた陽だまりの風。浮かんできたのは、セレーネによる“試験”で再生されたガウラ――須藤めぐるの過去である。加えて、彼が自身の固有スキル「ラクシャナマナク」強化のために寿命を差し出したという事実を、ノースト、昌弥、トレチェイスに打ち明けたシーンも共有された。
(……須藤君)
悲痛な顔でうつむく楓也。修学旅行の折、彼が学校でうまくいっていないことは聞き及んでいた。しかし具体的にどのような問題を抱えていたのかは本人が語ろうとしなかったため、これまであえて詮索してこなかった。――今になって、それは傍にいる友人として冷酷な気遣いだったのだと思い知らされる。結果的に、彼はガウラを纏ってなお「死に物狂い」を貫いてしまったのだから。
(なんという無茶を……)
零子は顔を両手で多い、瞳をうるませた。
あの決戦で危険を顧みず身を挺し、代償を払った者は多い。ノーストは陽だまりの風を慮り、白竜の脅威を一手に引き受けてくれた。ヴェリスは壊滅寸前のパーティに離脱の時間を与えるため、囮となって絶体絶命の窮地に追い込まれた。そこへ捨て身で飛び込んだアーリアは致命傷を肩代わりし、あわや脳死寸前の大惨事となってしまった。さなか、“正しき時”に化け戦局を覆したウーは、佳果が「精霊の転生」という答えに辿り着けなければ、永別していたに違いない。
本当に、思い返すたび胸が苦しくなる出来事ばかりだ。その上ガウラまでもが取り返しのつかない犠牲を伴っていたなど、あまりにも――。
(……だが……)
目を伏せて正座するガウラの前に、佳果が歩み寄る。
彼はあぐらをかき、まっすぐガウラと向き合った。
「めぐる、俺さ……お前がいなかったら、もう二回は死んでるよ」
「……」
「センコーぶっ飛ばしてくれたときも。空劫砲から守ってくれたときも。そのド根性がなけりゃ、俺は……俺たちは、ここまで辿り着けてなかった。お前の勇気が、たくさんの人を救ったんだ」
「……」
「でもどうやら、その“救う”のなかには自分も入ってねえとダメ……なんだよな。ったく、マジで“逃げる”だけでもひと苦労っつーか」
「佳果……」
「かくいう俺もよ。みんなと出会えてなかったら、そんな風に思える日は来なかったかもしれねえ。だからお前を責めたりしない(その役はノーストさんがやってくれたみたいだしな)」
ちらと視線を送られたノーストは、無言のまま両腕を組んで目を閉じる。かたや、チャロはめぐるのおこないと自身の過去を重ねていた。自分が存在しない時空へ移行しようとしていた愚行――あのとき佳果が待ったをかけてくれなければ、今頃どうなっていただろう。
(……誰かを守りたいという強い気持ちは、無意識に己を愛の天秤から降ろしてしまうものなのかもしれません。陽だまりの風は本当に、自愛が下手な人ばかりですね)
誰かと似ているその性分は、美徳と不徳のはざまで揺れ動く一長一短の素養。どちらに傾くかは、当人とそれを観測する者の魂次第である。だが自分たちはすでに、“下手”では済ませられない時期を迎えていることも肝に銘じておかねばならない。
――難しい顔でチャロがそう考えているなか、佳果は穏やかな口調で続けた。
「そん代わり、ひとつ約束してほしい」
「?」
「忘れないでくれ。……俺たちは、全員でひとつなんだってことを。誰かが欠けちまったら、そりゃもうバッドエンドで、ゲームオーバーと一緒なんだよ」
「……そう、じゃな……」
考えてみれば単純な話だ。もし自分が大好きなあのゲームに、ガウラのいないエンディング分岐が用意されていたら? そのようなルートへのフラグなど、全力でへし折るに決まっている。それとまったく同じことではないか。自分が欠ければ、陽だまりの風は永久にハッピーエンドへ辿り着けなくなってしまう。ならば、やるべきことはひとつ。これからは全力で己の身を案じてみせよう。誰かを助けたいと願ったときに湧き出づる、あの熱き衝動を己にも――。
「……相わかった。この約束、一生涯まもり抜くと誓おう」
「ああ。ゲーム玄人のお前なら、楽勝のはずだぜ」
そう言って立ち上がり、ニカっとした笑顔で右手を差し出す佳果。思えば彼は、いつもこうして闇の中へ手を伸ばしてくれる。
特大の感謝を込めて「うむ」と深く頷いためぐるは、“ガウラ”と同じ光をまといながらガシッと握手を交わした。そのあたたかな波動を感じ取り、目を閉じていたノーストはひそかに表情を綻ばせる。
「……皆にも、あらためて謝罪させていただきたい。此度は勝手なことをして本当にすまなかった。以後、心配をかけるような真似は二度とせぬ。もし何かの判断に迷ったときは……必ずや、皆を頼らせてもらうぞい」
再び深々と頭をさげるガウラ。その誠意を受け止め、全員が彼に励ましの言葉をかける。なかでも、楓也と佳果の言葉はとても心強いものだった。
「存分に頼ってよ! もちろん、あっちでも力になるからさ」
「俺も付き合わせてくれ。しんどいだろうが……気張ってこうぜ」
「! ……かたじけない。どうかよろしく頼む」
――彼にはまだ、現実世界でやり残していることがある。それをクリアできないうちは、セレーネから青生生魂を授かることはできないのだ。当然、その先に求めている自己表現も夢物語でしかない。
(……なんとしてもやり遂げなくては)
いかんせん一人では足が竦んでしまう難題――だが、彼らがそばにいてくれるなら百人力。今はアーリアの墓参りに同行すべく皆で北海道を目指している最中のため、決行は東京へ戻ったあとになる。その時に備え、今は目の前のなすべきことに集中しよう。ガウラがそう決意した瞬間、空間は次なる光景を映し始めた。
◇
「な、なんですの……!?」
在りし日の佳果、夕鈴、和歩――3人の子どもたちが、夕暮れ時の神社で黒き光に襲われている。それを目の当たりにしたアーリアは、形容しがたい不気味さとおぞましさに戦慄した。「狂え」と聞こえた直後に映像がブラックアウトすると、陽だまりの風は重苦しい沈黙に支配される。なかでも、最も動揺しているのは佳果だった。
「なん、だよこれ……こんな記憶、俺には……」
ふと、病院で母とした会話がフラッシュバックする。あのときの母は、自分たちが当日とった行動について詳しい説明を求めてきた。その理由がもし、これなのだとしたら。
(なんで何も思い出せねえ……? 実際にこんなことが起きたなら、忘れるわけが……)
「――兄ちゃんだけじゃないよ。おれもこのときのこと、綺麗さっぱり忘れてたんだ。……たぶん、夕鈴姉ちゃんもそう。さっきの光が原因で、記憶が改ざんされてたんじゃないかな」
「改、ざん……」
青い顔で愕然としている佳果。
その横顔を心配そうに見つめながら、チャロは冷静に状況を分析した。
「……逆にいえば、あの黒い光はあなたたちの記憶を弄び、何かを狂わせる必要があった、ということになります。しかしその目的をとらえるには……まだ情報が不足していますね。この先を見るのは、非常に憚られますが……」
「……阿岸君、しっかり」
「佳果、無理はいかん。ただ……もしわしらにも背負わせてくれるというなら、相手がいかなる存在であろうとも、共にあらがってみせるぞい。陽だまりの風には皆、その覚悟があるんじゃ」
両脇に立ち、ぽんと彼の肩へ手を置く楓也とガウラ。
佳果は眉間にシワを寄せ、すわった目で闇を見つめながら言った。
「――俺んなかで、ザワついてるもんがある。正直、それがなんなのか知るのが怖くてたまらねえ。だが……俺の勘が正しけりゃ、この記憶の齟齬も含めて、いま解消しとかねえとマズイような気がしてる」
その言葉を聞いて、場の全員が気づく。これはおそらく、パーティが始まる前に彼がしていた「考え事」とも関係ある話なのだろう。先ほどの光景や佳果の深刻な表情から察するに、生半可な内容ではなさそうだ。
(……瘴気ですら跳ねのける佳果さんが、怖いと感じるもの。それはおそらく、わたくしと――)
(――あたしと同じなのかもしれません。ひとたび踏み込めばきっと、大切な人たちを危険に巻き込むことになるから……)
アーリアと零子が、まだ明かされていない自身らの懸念点と佳果の葛藤を重ねている。にわかに張り詰めた空気が漂うなか、佳果は意を決したようにポツリと言った。
「……頼む、みんな。どうやら俺は……俺の知ってる俺じゃねえ可能性がある。かといって、これまでのぜんぶが嘘だったはずもねえ。だから……どこまでが俺で、どこからが俺なのかを見定めたい。途中、世界から大目玉を食らっちまうかもしれねえが……どうか一緒に、立ち向かってほしい」
そう嘆願する佳果の瞳は揺れつつも、勇気の光が宿っていた。
――陽だまりの風の総意は言わずもがなである。殊に、己の本質を知って間もないノーストにとって彼の畏怖は深く共感できるものだった。佳果の前に立ったノーストは、あのときの仲間の言葉を借りて発破をかける。
「うぬが何者であろうとも……吾らから“佳果”を奪うことなどできぬ。所詮は簡単ちぃな勝ち戦よ。こちらは彼の暗黒神すら退けた錚々たる顔ぶれ。怖気づくことはない。共に鬨をあげにゆくぞ」
「ノーストさん……恩に着るぜ。あんたの檄ほど心強いもんはねえや」
険しくも、微笑をもって気丈に応える佳果。
そばにいるガウラも、ノーストの言に目を細めた。
そうして彼らの覚悟が決まった途端――空間に夜の神社が浮かび上がる。
再生されたのは、記憶を失った母とあの男が邂逅したシーンであった。
プライベートが忙しく更新が遅れてしまいました(すみません……)
次話以降、かなり核心に迫る話が出てきますのでお楽しみに。
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