第337話 青き星
宇宙空間にたたずむシムル。彼はこの景色に見覚えがあった。
(いなくなったウーの居場所を特定するために、明虎さんが連れてってくれた場所だ)
あのとき陽だまりの風は、存在もろとも次元を押し上げられていたのだと理解する。そんな芸当を平然とやってのけた明虎には畏敬の念をおぼえざるを得ない。同時に、自分もそのステージに立ったのかと思うと奇妙な感覚に襲われる。
「黒龍様……おれ、こんなとこまで来ちゃったんですね」
「うむ。汝自身がそう望んだゆえにな」
遠くに浮かぶ青き星――地球に思いを馳せる。そういえば、前はいろんなことが起きすぎてじっくり観察できなかった。こうしてみると、なかなかどうして美しい。星全体を覆うように、キラキラと粒子が流動している。
(あれって、もしかして地球のエーテル体なのかな? ……ん、でもところどころなんだか様子がおかしいような)
地球の纏うモヤは人間が「精神統一」をしたときのごとく、キレイに均された円形を保ちながら流動している。ところがその端々で時折、歪な凹凸が発生しては修復されているのだ。すでに学んだ知識に当てはめるなら、あれは部分的な「霊媒」か「零感」ということになる。
(星自体がそれを発揮している意味って……)
「――あのとき、元シンギュラリティの彼女もまた汝と同じ疑問を抱いていた。……無理もない。事実、あれは自然な状態ではないのだから」
「!?」
「このことは、あらためて皆に伝えるとよいだろう。さすれば今後の展望も見えてくるはずだ」
「は、はあ……」
どうやら、これも詳しくは言えない類の話らしい。
それを証拠にクルシェはすぐ話題を切り替えた。
「他に何か気づいた点はないだろうか?」
「他に、ですか」
シムルはいったん地球から目を離して辺りに気を配ってみた。
だが、特に変わった様子はない。
「えっと、何も感じられませんが……」
「では“何も感じられない”という気づきを得た汝に問おう。この場所には何がある?」
立て続けに繰り出される意味深な質問。シムルは返答に詰まる。
(……何もないよな? 何もないから、何も感じないんじゃないのか?)
ごく当たり前な思考がループする。しかし、少し見方を変えれば答えは違ってくる。たとえば、こうして自分は存在しており、そばにはクルシェがいて、遠方には地球があり、他にも無数の小さな星々が暗黒のなかで輝いている。よって厳密にいうと、何もないわけではないのだ。
ところが感覚のほうは、なぜか何もないと主張し続けている。この謎のギャップをどう解釈すべきだろうか。シムルは発想を逆転させ、「あるとない」を両立させる説を探してみた。
「……あの、すごい変なこと言いますけど」
「うむ」
「つまり、宇宙そのものは無で……それ以外は有ってことですか?」
「なるほど、穿った着眼点だ。ではその無と有の境界線はどこにあると思う?」
新たな規格外の難題が飛び出す。だがクルシェは「純粋な今の汝ならば、真相にたどり着けるはず」と背中を押してくれた。
“純粋な”の意味が気になりつつも、シムルは研ぎ澄まされた感覚を使ってひとつのイメージを捻出する。――ふと、たまごが頭に浮かんできた。黄身が自分で、それを取り囲む白身が星々。さらにその両方を包み込んでいる殻が宇宙という、突拍子のないたまごの図だ。この場合、境界線を示すのは。
「……それぞれの合間を取り持っている、“膜”?」
「よし、では最後の質問とまいろう。その膜は無と有、どちらに相当する?」
「えっ! 境界線なわけですから、どちらでもないような……」
「――そう。それこそが、汝の求めていた答えに他ならない」
「?? ……???」
宇宙空間でハテナを浮かべまくるシムル。
一度、これまでに聞いた話を咀嚼し直す必要がありそうだ。
(要するに、境界線は曖昧なもので……おれはその真相を求めていたと? で、それを得るために必要だからこうして純粋なおれになった。……純粋なおれってのはたぶん、原初のエネルギーってやつとイコールだよな)
クルシェはそれを「魂の次元」とも表現していた。
――自分は今、有でありながら無に揺蕩い、さらには境界線たる膜に包まれていると思われる。この状態を原初と仮定し、未来の自分が言っていた「あとは纏うだけ」の真意を推し量った場合、何がどうなってくるだろうか。
「……!」
俄然、思い出したことがある。かつて法界の箱舟で次元のはざまに挑んだ際、ウーが『今、吾輩たちはどっちつかずの存在になったんだ。これぞ原点回帰だね』と言っていたシーンだ。あれはおそらく今の自分と同じ。すなわちエネルギーが最も凝縮されていない状態――“魂”を指していたに違いない。そしてこの性質をもった膜こそが。
「零気……!」
刹那、シムルは零気がいつ何時も自分のそばにあったことを悟った。すると感謝の気持ちが洪水のように溢れ出し、その波紋が器のほうにも伝播してゆくのを感じる。自分は至ったのだという確信が、全霊を駆け巡った。
「ありがとうございます、黒龍様。おれ……やっと全部わかりました」
「ふふ、すべては汝が自由を求めたからこその必然だ。礼を言うのはむしろ私のほう。……久方ぶりに人と話せて楽しかった。まるで昔に戻ったような――」
(あ……)
辛うじてそこまでは聞き取れたものの、シムルの魂はにわかに輪郭を取り戻し、瞬く間に意識が薄れていった。さなか少しだけ寂しげな表情をしたクルシェに、彼はただただ見送られることしかできなかった。
◇
「あれ……」
目を覚ますと、シムルはモクモクふわふわとした何かの上にいた。
起き上がって辺りを見回すと、後方に化霞の滝が見える。
「ここは……アスターソウル!?」
「やあシーちゃん、気がついたんだね」
「ウ、ウー! どうして……」
「そろそろ頃合いだと思って迎えにきたんだ! そしたら気を失ってたから、拾ってここまで戻ってきたってわけ」
「あ、ああ、そっか……(そういえば、そういう約束だったっけ)」
「それで、どうやらうまくいったみたいだね?」
「! うん、黒龍様のおかげでなんとか」
「へえ、主様のお導きもあったんだ!? いいなあ、吾輩もたまには主様とお喋りしたいよ~~」
「? もしかして、ウーは自分から話せないの? そんなに“曖昧”なのに……」
「おおっ、鋭い指摘をするようになったねシーちゃん♪ ……うん、残念だけど。精霊ってそういう立ち位置だから」
「ふーん……? まあ、そのあたりの事情は相変わらずピンとこないけどさ。よかったら今後はおれのことを頼ってよ。零気纏繞なら、間に入って言葉を伝えることもできると思うし」
「ほんと!? わーい嬉しいな♪ そのときはぜひともお願いするよ!」
「ああ、まかせてくれ!」
――上空で高度な会話を弾ませる二人。彼らはそのまま、最寄りの町であるエレブナへと着陸した。ウーによると現在、零子の館に陽だまりの風が集まっているらしい。
ハテナを浮かべまくるシムルを見て
ぽーんとピアノの単音が聴こえたかたは私の仲間です笑
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