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第330話 彼女の魂

(……いったい、なんだというのだ?)


 得体の知れない存在を前に、警戒を強める小鉄。あの黒雲くろくもは佳果が夕鈴の平手打ちを食らった直後に出現し、最初はけた状態であったが、今は透明度が下がって輪郭を帯びつつある。霊感ゼロの自分にも観測できている以上、おそらく霊的な現象ではないのだろうが。


(佳果くんの敵愾てきがいしんに拍車をかけているのは疑う余地もなかろう。その時点で何か良からぬものであることは想像にかたくないが……岬季、おまえもこの光景をているのだろう? 俺はどうすべきか、可及的すみやかに見極めてほしい)


 彼の妻である雨知岬季は、稀代きたいの霊能者である。今回、事前に夕鈴へ渡してあったお守りを“座標”として捉え、ここまで道案内してくれたのは彼女だった。おそらく今も、お守り越しに現状を霊視しているはずだ。

 ただし、小鉄は念話を受け取るために必要な才能に恵まれていない。よって連絡手段は文明の利器、携帯電話となるのだが――なぜか一向いっこうに電話もメールも来る気配がなく、彼は焦りを感じ始めていた。いかんせん、功力くりきでしか解決できない問題は専門外。はやく手を打たねば、何が起きるかわからない。


 小鉄のかもし出す張り詰めた空気を感じ取り、毅然きぜんと対峙している夕鈴のひたいにも冷や汗が浮かんだ。彼女は心拍数を急上昇させながら、相手方あいてかたの動向を探る。黒雲と佳果の頭部はたくさんの糸のような線で繋がっており、彼が喋る時、連動するように双方向へ光が走る。


(司令塔……みたいなものなのかな)


 顕現したばかりの黒雲は、佳果の頭と重なっていた。ところが問答を進めているうちにゆっくりと上昇、乖離してゆき、現在は本人の頭上で徐々に存在が鮮明になってきている。彼の感情のたかぶりに反比例して、“同化”が希薄になるのだろうか。ならば、このまませっつき続けていれば、いずれ引き剥がせるかもしれない。


 水面下で、二人が解放の手立てだてをうかがっているさなか。彼らの強い意志の光は、佳果のなかにある陰影いんえいをいっそう濃くした。心に、強い怒りが充満してゆくのがわかる。


「なんだよ……そんなに……そんなに俺を否定したいのかよ!? 俺は母さんとの約束をやぶってまで……こいつ(・・・)で、お前の未来を守ろうと思ったのに!」


(千歳お母さんとの……? じゃあ、あなたは黒雲(これ)の正体を知って……?)


 そのような話、本人はおろか千歳からも聞いた覚えがない。気のおけぬ幼馴染おさななじみであると信じていた夕鈴にとって、その事実は精神的な痛手となったが、ここまで来て折れるわけにもいかない。心を鬼にし、今はすべてを受け止め切らなければ。


「いつだってそうだ……世界は俺を否定する……あの事件も……父さんがいなくなったのも……和歩と母さんが、死んじまったのだって……」


(“あの事件”――文脈から察するに、肉親の死と同列に並べるほどの出来事があったと見るべきか。まだ幼いというのに、どこまでもむごたらしい……)


「……けど、本当はわかっているんだ。俺は否定されて当然の人間なんだって。ぜんぶ俺が悪いんだ。そんなこと……世界に否定される前から、俺自身がとっくに気づいてる。だから悪は悪なりに、せめてケジメくらいつけなくちゃならねえと必死にもがいてきたつもりだったが……それすら否定するってんなら、俺はもう……俺が生きていていい理由なんて……どこにも見つけられそうにねえよ……」


 抱えていた果てなきいきどおりを、丸ごと塗りつぶしてしまうほどの深い哀しみ。佳果はそのいっさいを瞳にたたえ、夕鈴を見遣みやった。右手に握られたナイフは、いつの間にか自身の首筋に突きつけられている。

 その凄惨な姿を目の当たりにして、彼女は理解する。佳果が長らくまとっていた分厚いからは、贖罪しょくざいをまっとうするための、本能的な自衛じえいだったのだ。彼はおのれを否定し続けなければ、生きることにしがみついていられなかった。だが、斯様かような罪を。それもおそらくは幻影である呵責かしゃくを。愛しい彼に背負せおわせたのは言わずもがな――“世界”のほうである。


「やめて……これ以上わたしたちの佳果を傷つけたら、許さないんだから!!」


 瞬間、夕鈴の言霊ことだまは光と化して、黒雲と佳果の間を流れる糸の信号に介入した。すると彼はたちまち意識を失い、立った状態でお辞儀をするように腰を曲げ、だらんと両腕を前に垂らして宙に浮かぶ。さながら糸の制御が利かなくなったマリオネット――そして、それを絡繰からくっていた黒雲は、彼を吊るし上げたまま文字どおり開眼(・・)した。ギョロリと視線を動かし、焦点を合わせようとしている。それはおよそこの世のものとは思えない、奇妙な模様が刻まれた“ひとつ目”だった。


「……!?」


「いかん夕鈴ちゃん! 目を合わせてはならない!」


「は、はい!」


 長年の経験則から来る直感がそうさせたのか。小鉄の機転により、彼女は辛うじて黒雲と視線をぶつけることなく、一時撤退(てったい)を成功させた。そうしてデスクの裏に隠れてしゃがみ込み、二人は状況整理に努める。


「お師匠さま、あの瞳は……」


「わからん……だが家内かないならば、あるいは」


 彼がふところから取り出した携帯電話の画面には、岬季という文字が表示されている。このタイミングでの着信――偶然ではあり得ない。夕鈴が真剣な表情でうなずくと、小鉄はスピーカーモードで通話ボタンを押した。


「俺だ。岬季、この局面……どう切り抜けたらいい?」


『差し当たり、必要なことだけ伝えるよ。隣のお嬢ちゃんもよくお聞き』


「……はい、よろしくお願いします」


聡明そうめいな子だ。……結論を出すのに時間がかかっちまったが、あの存在はれいでもなけりゃ、妖怪のたぐいでもない。かといって神仏しんぶつや魔の手合てあいとも異なる……そもそも魂が入っていないんだ。ならば残された可能性はひとつ。この星の(・・・・)もんじゃない(・・・・・・)ってことだよ』


「な、なんだと……!?」


『……ことわりがズレた相手とも換言かんげんできる。幸い、能動的に干渉してくることはないようだし、このまま目さえ合わせなきゃ、ひとまず実害をこうむることはないだろう。とはいえ……正直あたしらの手に負える次元(レベル)の存在とも思えない。現状ベストな選択が何かと聞かれたら、“坊やを置いて逃げる”。これ一択いったくだ』


「そ、そんな……」


『――というのは建前さね。こちらに対抗手段があるならば俄然がぜん、話は変わってくる。……お嬢ちゃん、あんたさっきのやつもう一回できるかい?』


「さ、さっきのですか?」


 岬季が言っているのは先刻、黒雲と佳果を繋ぐ回路に干渉してみせた謎の光を指しているものと思われる。しかしあれは無我夢中の産物であったため、夕鈴は再現性がないと判断した。


「……すみません。意図してやるのは無理、だと思います……」


『ふむ。じゃ、やはりあたしが遠隔で引き出すしかないか』


「えっ?」


『……小鉄(あんた)、あとのことは任せたからね』


「相わかった」


「あ、あの? 引き出すというのは」


『神の気と書いて神気(しんき)。平たくいえば、あんたが坊やを想う絆のちからのことだよ。まだ確証は持てないが……あの光は十中八九、あんたの言霊にそのちからが宿ったものさ』


「神気……」


『ただし、今回は魂に触れて無理やり使わせてもらうていになる。相応の反動は覚悟をおし』


「……詳しいことはわかりませんが、それに関しては心配ご無用です! わたし、佳果のためならとびきりのちからを出してみせますから。ちょっとバタンキューするくらい、 へっちゃらです!」


『ふふ、よく言った。では取り急ぎ、始めるよ』



 遠く離れた異邦の地にて。岬季は自身の守護神の助力を得ながら、夕鈴の魂に意識を溶け込ませていった。ともなって、彼女の視界は現実世界から別次元へと移行する。そこにはこの少女を構成する数多あまたの情報空間が広がっており、予想を遥かに超える絶景を生み出していた。色とりどりの花畑と、ほのかに輝く桜並木がどこまでも続いている。


(……なんとまあ、清廉せいれんで美しい……まるで桃源郷にいるみたいじゃないか。やれやれ、まさかとは思ったがあたしより先輩(・・)とはね……つつしんで上らせていただこう)


 夕鈴の魂、その表層に着地した岬季は、そこから天に向かって伸びている白銀はくぎんをつたって、上に、上にと進んでゆく。このまま行けば、彼女の“魂の故郷”に該当するエリアの入り口まで辿り着くはずだ。


(冥界の上層、その中でもかなり高いところまで来たね。そろそろ見える頃合ころあい……おや?)


 果たして入り口を捉える岬季であったが、彼女のはそこからさらに上へと続く、黄金おうごんの緒を見逃さなかった。本来は入り口でお伺いを立て、この故郷を守っている神の分霊ぶんれいに許可をあおぎ、神気を供給(なが)してもらえば任務完了だ。しかし導かれるかのごとく、彼女は直感に従ってもう一段上昇することに決めた。


(……)


 それからしばらく進んだものの、黄金の緒は一向いっこうに途絶える気配がない。冥界を越えた先にあるのは4次元領域だ。ただ岬季の感覚では、すでにその領域すらも通過している確信がある。


(現在の位相は5次元……いや、それ以上かもしれない。いったいどこに繋がって――)


《岬季さん》


「!」


 不意に、何者の声をキャッチする岬季。相手は存在を伏せているらしく、正確に認識することはできないが、間違いなく高位の神霊であろう。


「……はい。わたくしめに、何かご用命ようめいでしょうか」


んでいただき、感謝を申し上げます。でも……ごめんなさい。此度は相手が相手なので、詳しい事情までは明かせないのです。一方的なお願いをするかたちになってしまいますが、よろしいですか?》


「もちろんですとも。何なりと、仰せのままに」


《ありがとうございます。それではこの子……夕鈴さんの愛を媒介に、これより対応する霊質(・・・・・・)を解き放ちます。目的は、かの来訪者を佳果くんの深淵しんえんに封じ込めること。その際、あなたはご自身の神気をつかって、彼の記憶から今回の件に関する一部にふたをしてくださいますか? 内容は――》



「……」


 賜った神勅しんちょくを咀嚼するうち、岬季は悟った。封印という手段が取られるのは、あれを佳果から引き剥がすすべがないことの裏返しだ。そして記憶の操作とは、神々のルール、すなわち自由意志の尊重という大原則の観点から見ると、重大な違反行為に当たる。それを“神気”で成し遂げよ、と高位の神霊から指示される意味を、岬季は霊能者として重く受け止めなければならなかった。


「――しかと承りました。どうやら……尋常ならざる事態に見舞われているご様子。私めも、微力ながら誠心誠意お祈り申し上げます。どうか、地球の天命がまっとうされますように」


《ええ……全霊で当たります》

以前、暗黒神は「アスターソウルに転生されてはまずい」との判断から

夕鈴の魂をホウゲンもろとも魔獣と思しき白竜のなかに縛りつけていました。

今回のお話が、その理由と密接に関わっていたりします。


※お読みいただき、ありがとうございます!

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