第327話 搗ち合う因果
(ここにもいない……こっちも)
病院の最上階まで移動した夕鈴は、引き続きシャトルドアの小窓越しに各病室の中を確認しつつ、廊下を通り抜けていった。すべて見回ったら下の階に降り、また同じことの繰り返し。だが、依然として佳果が見つかる気配はない。
やがて、収穫のないまま四階に戻ってくる。このフロアは、先ほど和歩の病室を確かめた際に巡回済みだ。夕鈴はそのまま三階へ降りることにした。
(さすがに、この辺りにはいないかな……)
ほとんどが患者の病室で構成されていた上階と比べて、三階は治療室など、専門的な医療機器を備えた部屋が多く導入されているようだ。彼の目的が見舞いでないとすれば、あるいはこの付近で何かしている可能性もある。ただ、大半の部屋はロックが掛かっており、中へ入ることができない。加えて扉に窓はついておらず、室内の様子を窺うのも困難といえる。ここでの捜索はなかなか骨が折れそうだ。
「――はぁ~、やっと診てもらえるのね」
「ええ。お辛かったでしょうに、本当にすみません。さ、中へどうぞ」
ふと、少し離れた位置から男女の会話が聞こえた。見れば、待合室にいたおばちゃんが安堵の顔を浮かべながら、スタッフの誘導により診療室へ入ってゆくではないか。どうやら今から受診するらしい。
(よかった……。ということは、受付が再開して……?)
それを裏付けるかのごとく、道中、患者や医師とすれ違う頻度が増えてきた。おそらく四階で出くわした看護師のお兄さんが院長に働きかけ、通常体制に戻りつつあるのだろう。ひとまず、以降は侵入した件で不審がられる心配はなさそうだ。しかしその一方で、フロア内をうろちょろしたり、変に長居しようものなら悪目立ちは必至といえる。夕鈴は決断を迫られた。
(……一旦、仕切り直したほうがいいのかな。こうして探している間にも、行き違いになっちゃった可能性はあるし――)
『待たせてごめんな。母さんに、和歩も』
「!」
なかば諦めかけ、とある部屋の前を通過しようとした瞬間だった。微かに聞き慣れた声が耳に入り、心臓が大きくはねる。言葉まではよく聞き取れなかったが、間違いない。今のは佳果だ。
ところが部屋は閉ざされており、ドア横を見ると認証コードを入力するためのパネルがついている。
(この部屋もロックが……えっ? じゃあ、佳果はどうやって……)
「おい、そこで何をしている」
不意に背後から高圧的なトーンで呼びかけられ、驚いて振り返る。そこには和歩の病室にいた、あの白衣の人物――院長とおぼしき人物が立っていた。両脇には体格のよい、見慣れぬ黒服の男たちが一人ずつ控えている。“怖い”という本能が夕鈴を硬直させた。
「あ……えっと……」
「ここは院長室だ。子どもが来るような場所ではない。わかったら早々に立ち去りたまえ」
「す、すみません……でも……」
ガタンッ
夕鈴の言葉を遮るように、部屋の中から物音が聞こえてくる。刹那、それを聞きつけた院長の様子が豹変した。彼は素早く認証コードを入力すると、黒服らとともにズンズン室内へ乗り込んでゆく。夕鈴は咄嗟にそのあとを追った。
――仄暗い部屋のなか。奥に設置された大きなデスクには花束が横たわっており、その向こうで手袋をした佳果が身構えている。期せずして夕鈴と目があった彼は一瞬戸惑ったような表情をしたが、すぐにあのときと同じ顔で笑った。
(あ……)
直後、焼けつくような炯眼に打って変わり、大人たちを睨みつける佳果。その得体の知れない迫力に気圧されたのか、院長はデスクの前まで進み、そこで立ち止まって言った。
「ガキ……どうやって忍び込んだ? 私の部屋でいったい何を」
「……察しの悪ぃこって。目的なんざ、こいつ以外にあるわけねえだろ」
緑色の小瓶を摘み、ぷらぷらと見せつける佳果。
それを見た院長は顔面蒼白で狼狽えた。
「ば、馬鹿な……まさかそんなはずは……」
「……その様子じゃ、やっぱり聞かされてなかったようだな。こいつがあるってことをよ」
「お前、それをどこで!」
「どこもなにも、こっから出てきたぜ? 院長室のデスクの引き出し……それも、隠し収納スペースの中からな」
「なっ……し、知らない! 私は断じて……そのようなものが、そんな場所に残っているなどと……!」
「へっ、いい慌てふためきっぷりだ。なら、とびきり愉快な真実を教えてやろうか?」
影に染まった顔で、今度は凍りつくような目をする佳果。彼はひどく落ち着いた調子で、眼前の初老を見下し、そして侮蔑せんと言い放った。
「てめえは売られたんだよ。――共犯者の野郎にな」
いま何が起こっているのか。
次回から徐々に明らかになっていきます。
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