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第319話 一難去って

「つまり……いや、あるいは……」


 ベッドの上で胡座あぐらをかき、ボソボソとつぶやくシムル。あれからリスポーンするたび、彼は脳内で仮説を立て続けていた。その甲斐かいあって、今回の思考実験はいよいよ大詰おおづめを迎えている。


(ひとまず確定的なのは、ここが現実世界じゃないってことだ。どれだけ階段をのぼりしても“果て”がないし、どのルートもれなく行き止まりに辿たどり着いてしまう……窓が軒並のきなみ消えてるところからして、外に出られない仕組みになっているのかも)


 不幸にも、そんな閉ざされた世界に囚われてしまったと仮定する場合。次に追求すべきは、いま動いているこの身体がなんなのかという疑問だ。より正確に言い表すなら、「いま追体験をしているこの自分はどういった存在なのか」である。


(感覚的には肉体と同じだけど、あっちは院長たちの会話を聞いた後に気を失っている。そしてスキルや魔法が使えない以上、アスターソウルの身体に戻ってきたわけでもない。空を飛べないから転院前の意識体アレとも違う)


 そこまで思い至り、シムルは俄然がぜん“意識”という概念に引っかかった。肉体が気絶したときに失われる意識は、顕在けんざいのそれに当たる。しかし固有スキル(テントーマ)の性質上、彼はその奥にひそむもう一つの意識についてよく知っていた。


(……潜在意識)

 

 それは“無意識”とも呼べる代物しろものであり、過集中(ゾーン)を利用した生命エネルギーの均一化によって入る(・・)ことのできる精神統一の状態――すなわちヴェリスの超感覚制御を補助する“白”をまとうための土台どだいとなる、極めて重要な意識だった。


(……現時点でこの身体の正体しょうたいまではわからない。でも、もし潜在意識が主導権を握っているとすれば――おれをいにくるあいつらが“黒”なのを含めて、霊感がどう作用さようをしているのかおおよその見当はつく)


 ひとつの結論に達し、シムルは意を決して自らが放つ透明のモヤ、生命エネルギーに集中した。この世界では月の意識と繋がれず、神気纏繞が使えないため可視化こそできないが、潜在意識が主体しゅたいなら知覚そのものは上手うまくいくはずだ。


「ッ!?」


 すると案の定というべきか。 四方しほう八方はっぽうに暴れ狂う、荒ぶったオーラが感じられる。まるで別の生き物のごとく、制御がきかない。


「な、なんだこりゃ……くっ……勝手に動くな!」


 無理やりコントロールしようとするも、オーラは激しく凹凸おうとつを変化させて抵抗をみせる。シムルは脂汗あぶらあせをかきながら、感覚だけを頼りにしばらく格闘を続けた。ところが、にわかに異臭が鼻をかすめる。


「!」


 すぐそばに魔獣が発生し、ドアの向こうにはゾンビの影法師かげぼうしが映っている。どうやら今回の30分は終わったらしい。だがすでに確証を得ている手前、ここで中断するわけにもいかなかった。徐々に迫りくる彼らにおくさず、その場で生命エネルギーの抑制をこころみる。


「あと少し…………うぉぉおお!」


 ――さいわい、この“賭け”が裏目うらめに出ることはなかった。間一髪かんいっぱつで均一化は成功し、乱れていたシムルの精神が統一される。刹那せつな、魔獣らは不快な腐敗臭もろとも、視界から綺麗さっぱり消えていった。


(た、助かった……? じゃあやっぱり……)


 すぐに部屋を出て状況を確認してみる。廊下や階段を巡回したところ、もはや脅威は存在しないようだ。それが意味するところは明らかである。


(そうか……霊感ってのは要するに、黒龍様の言っていた“精神不統一”と同じものなんだ。こうして均一化ができれば大丈夫だけど、できなければ無差別(・・・)に周囲と繋がり続ける、危険(きわ)まりない“狂気”の状態)


 真相を突き止めた彼の脳裏のうりに、ふとヴェリスの笑顔が浮かぶ。序盤にフルーカから超感覚制御を教わらなかったら、きっと彼女も似たような体験をいられていたに違いない。それもおそらくは、魔獣より恐ろしい“外側の黒”を含む、もっと過酷かこくなレベルの。


(……よかった。お前がそんな目にわずに済んで)


 心底ホッとすると同時に、くだんの薬や院長らに対する恐怖が肥大化してゆく。神社の男は“悲願”と言っていたが、いったい何をたくらんでいるのだろうか。シムルは神妙な顔つきで、安全となった院内を無作為むさくいに進んでいった。


 やがて、久しく見ていなかったあの長い廊下に行き当たる。遠くのほうに自分と同じシルエットの光が倒れているのが見えた。シムルはなんとなく、あれに触れることで現実世界に帰れるような予感がした。


(行ってみよう)


 はやる気持ちに任せ、駆け足で近寄ちかよる。一瞬、蜃気楼しんきろうのごとく辿り着けなかったらどうしようかと不安になったが、杞憂きゆうだった。無事に光と重なった彼の視界は白く染まり、予想通り顕在意識へと移行をげる。


「ん……」


 覚醒かくせいすると、眼前がんぜんに母の姿があった。とても嬉しそうな表情をしており、息子が意識を取り戻したことを無条件に喜んでくれている、そんな感情が伝わってきて心があたたかくなる。しかし同時に、なぜか息苦しさを感じてやまない。


「ん、んぐ……っ!?」


 下を向くと、目を疑う光景が広がっていた。

 ――彼女の両手が、自分の首をめ上げている。

霊感に関するお話はかなり複雑なので、

のちに用語解説のようなページを新たに設けるかもしれません。


※お読みいただき、ありがとうございます!

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