第313話 前世
(やっぱり黒龍様だ!)
唐突にウーが主様と呼ぶ龍神と繋がり、慌てふためくシムル。かの神は兄が“真の勇気”を見出す際、手引きしてくれた存在だったと聞き及んでいる。直接話すのはこれが初めてだ。
「えっと、ご、ご機嫌麗しゅう、黒龍様。以前兄がたいへんお世話になったそうで……無作法な当人に代わり、この場で厚くお礼を――」
『はっはっは、そう畏まらずともよい。性分なのはわかるが、どうか気を楽にしてほしい』
「! わかりました……」
温和な笑い声に、心が凪いでゆくのを感じる。平静を取り戻したシムルは、不意におとずれたこのシチュエーションを好機と捉えた。
「あの、僭越ながら。いくつか質問してもいいですか」
『うむ、答えられる範囲で答えよう。私はそのために推参したのだから』
「あ、ありがとうございます……。ではまず、先ほど魄とおっしゃっていたこの白い霧についてなんですが、これは一体どういうものなのでしょうか?」
『我々、龍神が扱うグナの一種だ。素の状態はこのように粒子状の霊質で、神気として活用する場合には様々な姿形をとる。そう……例えばウーのようにな』
(っ、ウーが!?)
初めて出会った折、彼が龍神の眷属、ならびに粒子精霊と自己紹介していた意味が氷解する。つまりこの場所はウーにとって魂の故郷であり、クルシェは生みの親に当たるようだ。
『そして見てのとおり、私の魄はアスターソウルと“書庫”のはざまにあるこちらの次元にて管理している。汝はそれを伝い、大元に在る私へ信号を送ってきたというわけだ』
「な、なるほど……ともすると、仕組みは神気廻心に似ていますね? 先日、兄が創造神様と繋がるために使ったと話していましたが」
『確かに、外部の神気と同調する点では似ているな。ただ、汝が今おこなっているものとは非なるものだ。それは神気纏繞を維持しつつ、意図的な精神不統一を両立させた稀有な技術。言うなれば、超感覚を制御している時の彼女に近い』
「超感覚制御って……ヴェリスのことですか!」
『左様。瞳に映っている宇宙が何よりの証拠といえる』
クルシェが操作したのか、霧の一部が鏡面のようになる。
そこには“あの目”をしている自分が確認できた。
(これ……あいつや、明虎さんと同じ……!)
『ちなみに、近いと表現したのには理由がある。彼女になく、汝にしかないもの。すなわち強力な霊感の有無が、その技術を零気纏繞たらしめるかを決定付けるからだ』
「!」
ここへ来た主目的である零気纏繞の語を聞いて、息を呑むシムル。同時に、依然として測りかねている霊感の真意が、そこへの到達を妨げているような感覚が襲ってきた。おそらくそのルーツを腑に落とさぬ限り、自分はたらしめないままなのだろう。
「……黒龍様。霊感って、結局なんなんでしょう? 自分でもよくわからないんです。なぜそんなものをおれだけが持っているのか……なぜ無意識に発揮できるのか。もしご存知ならば、どうか教えていただけませんか」
『……』
クルシェは少しの間をおいてから、真剣な声色で言った。
『答えは汝自身の魂に刻まれている。真実を知りたくば、視せることも吝かではない……ただし、それは汝にとって大きな苦痛を伴う前世の“追体験”になると警告しておく。それでも構わぬか?』
「え」
前世。言わずもがな、現実世界で過ごした6歳までの人生を指しているものと思われる。自分が病死したのは知っているし、その後の阿岸家が辿った顛末も把握している。だが不思議と、思い出せるのは家族の笑顔や楽しかった日々の記憶ばかりだ。
シムルはしばらく逡巡していたが、ふと陽だまりの風やヴェリスの顔が浮かんできて、決意する。
「……お願いします。前々から気になってはいたんです。おれや父ちゃんと母ちゃんがラムスに転生した経緯――前世について調べれば、何かわかるんじゃないかって。それに、ここで引いてしまったら普及計画の完遂も遅れるいっぽうです。あいつにだって、顔向けできなくなってしまいますから」
はにかむ彼の自由意志を受け止めると、クルシェは「そうか」と複雑そうに呟いた。刹那、周囲の魄がシムルを包み込んでゆく。
『此度の追体験が、汝の抱いている疑念……その全てを晴らすことはないかもしれない。しかし無事に帰ってくることができたならば、少なくとも、これまで視えていなかったものを捉えられるようになるのは確かだ』
(視えていなかったもの……)
『危険と判断すれば、即刻中止させてもらう。以降の再挑戦も認めない。チャンスはこれきりである故、心してかかるように』
「は、はい!」
凛々しく返事をしたシムルは次の瞬間、小さな身体で公園を駆け回っていることに気付いた。目の前には、幼き佳果と夕鈴の姿がある。
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