第312話 凹凸
(ん~~またどん詰まりかぁ)
遥かなる時空を超え、二柱の神が再会を果たしていた頃。シムルは『化霞の滝』の奥地で目を閉じ、心のなかで唸っていた。
(零気纏繞……魔除けの普及を迅速化するためにも、避けては通れないぞ)
先日、明虎はそれを修めることで空中浮遊や念力などが可能になると教えてくれた。しかしいつもの如く「零気とはそもそもなんなのか。まずはそこを洗ってみることだねぇ」などと煙に巻かれ、フワっとした情報しか与えられていない。故にシムルは、零気といえばその精霊あり――ウーに相談を持ちかけることにしたのだ。
『零気の正体? ……わはは、シーちゃんは勉強家だね♪』
『今後のことを考えたらどうしても必要になると思ってさ。……でウー、実際どうなの? 兄ちゃんや明虎さんが零気を使ってたとき、身体の周りが輝いているように見えたけど、あれって愛のエネルギーだよな? それをウーが流してるってのは、どういう仕組みなんだ?』
『うーん……仕組みを説明するのは簡単にゃ。でも纏繞を目指すなら、頭で理解しただけでは不十分。ちゃんと“霊感”を使って魂で学ばないと』
『霊感? ……前にお月様もその言葉を使ってたけど、正直よくわからないよ』
『ふむむ。よし、じゃあ今から吾輩がいい場所に連れてってあげる! そこで瞑想すれば、あなたならきっと答えに辿り着けるはず!』
――そうして運ばれてきたのがここ、白の濃霧に包まれた謎の空間。以前ガウラが“書庫”へアクセスする際に通ったと聞いた領域だが、察するに次元を跨ぐ“はざま”の一種なのだろう。ウー自身は「頃合いで迎えに来るからがんばって!」と言って早々に退散してしまったため、もはや仔細を確かめることは叶わないが。
霧に揺蕩いながら瞑想を続ける彼は、すっかり雑念に支配されていた。
(前はチャロ姉ちゃんやラムノン、明虎さんのヒントがあったからこそ、なんとか神気纏繞を会得できた。でも今回は……うう、本当におれだけでモノにできるのか?)
改めて整理すると、零気の正体を掴むためにはこの曖昧な場所で瞑想し、霊感を発揮しなくてはならないらしい。とはいえ、ここがどこなのか。瞑想はどのようにやるべきなのか、あまつさえ霊感が何なのかすらわかっていない。そこで、先刻まではそれぞれの単語の定義などを考えていたのだが、案の定事態は進展することなく、焦燥感ばかりが募ってゆく。
(……落ち着け。こんな体たらくじゃ、いざって時にまたヴェリスを喪うぞ! もう二度とあんな思いはしたくないだろ。なら順を追ってよく考えるんだ。頭じゃなくて、あくまでも霊感を使って!)
霊感の意味するところは、いったん横に置いておく。ただこの単語を意識し出したのは、やはりあの対話――初めて神気纏繞した折である。彼は当時と同じように己の周波数、すなわち顕在化した太陽神の神気を捕捉すると、その源流にある月に意識を重ね、瞳をテラリウム化させる。
(ここまでは、既に何回か試してる。それでダメなんだから、何か条件が足りないと見るべきじゃないか)
その条件とは如何に。自問自答を繰り返す中、彼はふと自らの生命エネルギーを半目の端に捉えた。
(……そういえば、お月様とはこのモヤをコントロールしてる最中に繋がったんだよな。ヴェリスの超感覚制御を手伝うときと同じ要領で、“均一化”したときに神気纏繞はおこる……あれはおれの内側にある太陽神様の神気を纏うために、そうする必要があると直感してやったことだ)
では、零気を纏うにはどうしたら良いのだろう。少なくとも、かの愛のエネルギーが“外側”にあるのは間違いない。ならば思い立ったが吉日、シムルは生命エネルギーの均一化を解き、あえて凹凸を発生させた。すると周囲にあった白の濃霧がにわかに強く感じられるようになる。
(! ……この霧……あたたかい。ひょっとしてこれも、神気の類なのか?)
『左様。厳密には私のグナ――魄と呼ばれる霊質ではあるが』
「えっ!?」
どこからともなく聞こえた声に驚くシムル。その声音を彼は知っていた。いつ知ったのかといえば、そう。暗黒神と対面したあの局面である。
「あなた様は……」
『姿を見せず、不躾な形式になって申し訳ない。汝の想像に違わず、私はウーの家族……黒龍クルシェと呼ばれている龍神だ』
めちゃくちゃ間が空きましたが、エタりません!
※細かい近況につきましては活動報告をお読みください。