第311話 帰還
あっけらかんと答えるノーストに、セレーネは少し顔を曇らせた。
『既にそこまでの根回しを……よく御主の許可が下りたね?』
『吾も通る可能性は低いと踏んでいた。しかし上経由で確かに"一任する"との神勅を賜っている。おそらく、それほどまでに今の星魂は危機的状況にあるということなのだろう』
『…………そうか。うん、事情はよくわかった。ただ、ひとつだけ確認させてほしい』
『?』
『きみがそうすれば、結果的に地球は未曾有の危機を回避できるかもしれない。けれど……魔を内包する魂への転生は、神格と記憶を失うどころか、神々に斥力を発揮する"闇"を長きにわたって纏い続けることになる。それは今のきみにとって刹那でも、ひとたび生まれ変われば途方もない時間に感じられるはずだ。殊に魔境は、時の流れが緩やかだから』
『……』
『本当にいいのかい? 魂ごと、私たちと相反する役をずっと熟すかたちになるんだよ? その茨道は神々の歴史においても過去に例を見ない苦行。今だったらまだ、再考する余地も……』
『ふっ、元より覚悟の上だ。加えて、封印とはいずれ解けるもの。来たるアパダムーラ復活の際、先導する者が残っておらぬことにはどの道すべて立ちゆかなくなる。心配はありがたく受け取るが、此度の決定を取り下げるつもりはない』
『ノースト……』
『そのような顔をするな。……吾は常々思っていた。神に連なる者とは元来、黒もまた愛すべきであると。白の進んだ誠神にとってそれが酷な話であるのは弁えている。然らば、その穴を灰色たる吾らが埋めるのは当然の責務。違うか?』
不敵な微笑を浮かべるノースト。セレーネは静かに目を閉じると、少し間をおいてから『違わない』と肯定し、彼と同じように笑った。
『……違わないけれど。ならその"吾ら"にはもちろん、私も入るよね?』
『な、なに?』
『ふふっ、こうして話を聞いてしまった以上、一枚噛ませてもらうという意味さ。異論はないでしょ、ホウゲン?』
『いや大いにあるぞ。灰色は同じとて、おれたちとお前では立場も管轄も異なるではないか。そちらは引き続きアスターソウルを主軸に――』
『嫌だ』
美しい笑顔で食い気味に否定され、顔をしかめて肩を竦めるホウゲン。セレーネはこうなると梃子でも動かない。
『考えてもごらん。ホウゲンはこの件が片付いたあとも分霊をノーストに担がせたまま、弱化した状態で黄泉比良坂に戻ることになる。いっぽうノーストも、生まれたての身空で大一番に臨み、それを乗り越えてなお、厳しい魔境の環境下で生き抜かなければならない。当然、導き手の存在が不可欠になるはず』
『まあ、そうかもしれぬが……』
『もっと重要な理由もあるよ。実は今、出雲で議論されているのもそこなんだけどね。……御主から、あと数百年も経たないうちに特異点が現れるとの通達があった』
『!』
セレーネの言に、思わず顔を見合わせるノーストとホウゲン。
『どういう流れになるかは正直まだわからない。でも遠からず、きみたちの力が必要とされる因果が必ず巡ってくる。そのとき「本領を発揮できませんでした」なんて、望むところではないでしょ? だから私も魔境へ分霊を送るよ。ホウゲンのそれを代行し、然るべきタイミングでノーストの枷を外すためにもね』
『代行だと? もしや……お前も魄が使えるのか』
『あれ、言っていなかったかな。魄はもともと私が創ったエネルギーなんだ。訳あって今は枯渇しているから、実際に交代してあげられるのは少しあとになってしまう嫌いはあるけど』
『『……』』
衝撃の事実に押し黙る二柱。エネルギーの創造は並の神格で適う芸当ではない。普段セレーネは自身について多くを語らぬため知り得なかったが、どうやら底知れぬ権能を持っているようだ。5次元の神でありながら太陽神と双璧をなしているのも俄然、頷ける。
『――ともあれ、すべてが星魂の傾きに端を発している事実は変わらない。私たちは今後ともムンディと連携し、これに対処してゆくべきだ。……ゆえにノースト、どうか約束してほしい』
『約束?』
『うん。転生後、たとえどんな宿命がきみを待ち受けていても……最後には絶対、私の元へ逢着するとね。かわいい後輩たちのためだけじゃない。何より、きみ自身の愛のために』
儚げな表情で差し出された小指を、ノーストは少しの間じっと見つめていた。しかしまもなく指を交えると、こう宣言する。
『ああ、約束しよう。きっと……きっと違えはせぬ』
◇
「!」
自身の神気が古の記憶を呼び起こし、ノーストは愕然としながら目の前の月神――セレーネを捉えるに至った。今ならば、先ほど言っていた"生の動機と本懐"の真意。そして"約束"の意味するところがはっきりと理解できる。セレーネはあの時と同じ儚げな表情で彼の帰還を出迎えた。
「……改めて、久しぶりだねノースト。また会えて嬉しいよ」
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