第309話 出身
(これは、神気纏繞……!)
目を剥いて三人を見回すガウラ。以前チャロは、魔人であるノーストにとって光のエネルギーが猛毒である旨を説明していた。察するに、それは魔物に属するトレチェイスと昌弥にも適用される斥力の類であろう。ともすれば、彼らの魂が光のエネルギーたる神気を纏うことは通常、あり得ないはずだ。
(やはり賢者殿の神気は特別なんじゃろうか。……いや、いま重要なのは枷の方じゃ。"外す"ということは、もしやノースト殿たちは何かに縛られて……)
「良い洞察力だね、ガウラさん。……きみの魂だけはスーリャの神気が顕在化している状態だから、そのまま私のを渡しても競合の兼ね合いで目が得られない。ここは一時的な霊感上昇で対応させてもらおうかな」
「!?」
月読命は銀のオーラを凝縮してつくった珠を、ガウラの脳に浸透させた。すると一瞬視界がブレたかと思えば、夢と現実を一挙に俯瞰しているかのような感覚が襲ってくる。しかしチグハグだった画面はまもなく調和し、やがて不確かで灼然とした球体を浮かび上がらせた。
「みえる……魂が、みえるぞい……!」
「おお、ガウラさんもですか!」
「なかなか綺麗だよなこれ!」
先んじて、昌弥とトレチェイスも同じものが視えていたようだ。立ち上がった三者は燥ぎながら互いの魂を観察する。
「……ありゃ、でもさっきと違って透明なモヤが視えないなぁ」
「それはエネルギーとしての階層に隔たりがあるからだ。意識レベルを調節して解像度を上下させれば、切り替えや同時透視といった芸当も可能になる。……もっとも今に限っては、故意に設定された度数以外への変更は叶わぬらしいがな」
初めての経験に高揚するガウラたちとは対照的に、ノーストはどこか訝しげな面持ちである。現在、四人の瞳はまばゆい光の珠玉を捉えている。ところがその美しさは、常日頃から魂を観測している彼にとって不自然極まりないものだった。
「……して月読命よ。何故このような捏造を?」
「おや、捏造とは大きく出たね。どうしてそう思うの?」
「無論、吾ら魔の手合いに黒が認められぬのが理由だ。加えて白の氾濫が道理に背いているのも捨て置けぬ」
お馴染みの抽象概念を持ち出すノースト。白と黒に纏わる知識は予てより仕入れているが、理解度は依然高くない。――神の御前に勝る学びの機会はないだろう。造詣を深めるべく、ガウラは両者の会話に割り入った。
「差し支えなければその話、わしにも詳しく教えてもらえんじゃろうか」
「? ああ、構わぬが……まず魔族とは例外なく固有の黒、すなわち魔珠の大元となる負の生命エネルギーを魂に宿している。だが月読命の配った目はそれを映しておらぬ。第一の齟齬がこれだ」
「なるほど……(魔珠といえば、この地で修羅道を突き進む魔物たちが日夜奪い合っているエネルギー塊の名称じゃったな。その源に負の生命エネルギーなるものがあったとは……ん? ならば逆に、愛珠においては正の生命エネルギーを利用しているとみるべきかのう)」
ふと、魔物と化した夕鈴が過去のトレチェイスを救出した場面を思い出す。愛の全放出がおこなわれたあの局面、彼女はホウゲンの助力を得て己のすべてを愛珠に変換していた。思えばあれは、"寿命を削る"という愚行を選んだ自分すらも、はるかに凌駕する壮絶な献身のかたちであったに違いない。
(……佳果があの子を放っておけなかったのも頷けるわい。っといかんいかん、思考が横に逸れてしまった。ノースト殿の話に集中せねば)
「――第二の齟齬は他でもなく、この眩むような愛の輝き。どう見積もっても白が強すぎる。閾値を超えているのは火を見るよりも明らかだ」
「閾値ってなんだノスっち?」
「吾らが"死線"に等しい。魔族の魂は全体の30%を超えて愛のエネルギーを保有できぬ。黒との間に有機的な不和が発生し、光の侵食によって消滅してしまうゆえにな」
「!? そ、そうなのか……」
「……オレたちは把握しておいて然るべき情報でしたね」
改めて己に対する無知を痛感する二人。
しかし咎めるつもりのなかったノーストは直ちにフォローした。
「知らぬのも致し方ない。昌弥は人間時代の記憶しか残っておらず、トレチェイスに至っては記憶そのものが失われているのだからな。……まあ幸い、その死線を悪用するような脅威は目下この魔境に存在せぬ。知識として蓄えておくだけでも十分だろう」
「あ、な~んだ……じゃ結局はウンチクの域を出ないってことだよな? ビビっちまって損したぜ!」
「……やれやれ、そういうのは思っても口にするでない」
小さくため息をつく彼のそばで、ガウラは髭を触りながら言った。
「ふむう、つまるところ"魔の比率が70%を下回ることがない"というアレも、その裏返しだったわけじゃな。ゆえに"捏造"であると……じゃが……」
「……? どうしたガウラ。言いたいことがあるならハッキリ申してみよ」
「ああ、いやなに。今しがたの問答を聞いていても思ったんじゃがのう。たとえ魔人であるにせよ、ノースト殿は凛然と皆を支え導く、さながら大黒柱のような御仁じゃろう? わしはてっきり、白と黒のバランスに比例しない"愛"が貴殿のなかに隠されていて、それを賢者殿が見せてくれたものとばかり――」
「ふふ、ガウラさんは既に気づいていたみたいだね。彼の本質に」
「!?」
不意に真横へ立たれてぎょっとするノースト。構わず月読命は続けた。
「ごらん。私とノーストの光、どこか異なっているところはあるかな?」
「え? ……ど、どうでしょう。もしかしたら違いがあるかもしれませんが、ぱっと見た感じだと、オレにはさっぱり……」
「ん~~。お二人とも、この中じゃダントツで爽やかな光を放ってるのは間違いないと思うぜ? けど甲乙つけろって言われたら難しいよなぁ」
「……賢者殿。するとやはり、ノースト殿は……!」
先ほどの本質という言葉と、外すべき"枷"の真意が腑に落ちるガウラ。
彼の確信に目を細めると、月読命は語り出す。
「そう、今きみたちが視ているのは捏造などではなく、紛うことなき本物の魂。さっきノースト自身も説明していたけど、エネルギーには階層というものがあってね。それは魂にも当てはまる理なんだ。要するに、その神気纏繞の眼差しは白と黒の混在する表層領域を捉えているわけではないということ」
「なっ……ではうぬの……吾のこの光は……!」
「うん、深層にある本質の部分さ。きみは元々、私と同等の光をもつ存在――天界出身の神霊だったんだよ」
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