第308話 陳謝
ノーストの問いとは当然、めぐるの生命エネルギーが元の大きさを取り戻した件についてである。十中八九あの意識体と思われるガウラに起因するのだろうが――過去の記憶を視た限り、彼はもともと現実世界のゲームに登場するキャラクターだったはずだ。
「……そも、実在せぬ人物による干渉などあり得る話なのか?」
「それを言うなら私やきみたちも、他の次元で暮らす者にとっては実在していないのと同義になるよね。こうして稀に言葉を交わせる機会はあれど、大多数は接点すら持っていないわけだから」
「確かにおっしゃるとおりかもしれませんが……架空のキャラクターはあくまで架空といいましょうか。そこに魂は宿っていないのではありませんか?」
すかさず昌弥が切り込む。語弊を恐れずに投げかけられたその質問は、ひとつの確信に基づいていると月読命は看破した。
「……ふふ、彼のためにわざと訊いてくれたんだね? 優しい子だ」
「あ……いえそんな……」
「? どういう意味だよツキっち」
「思い出してごらん。さっきガウラさんは、めぐるさんの生命エネルギーを借りて姿を顕現していたでしょ? 体というものは、魂がなければ象ることができない――つまりあれは、実際にガウラさんの魂が降りてきていた証拠なんだ」
「!」
めぐるの瞳が少年のように輝く。今の説明が本当ならば、創作物に登場する人物は押し並べて宿っていることになる。先の出来事に関しても、都合のよい妄想や幻覚ではない道理だ。不意に昌弥が引き出してくれたあたたかな真実が、急激に目頭を熱させてゆく。そんな彼に微笑みかけながら、月読命はさらに続けた。
「この宇宙が開闢して以来、魂は絶え間なく誕生し続けている。そのなかにはもちろん、人の想いに呼応して芽吹くような御魂も含まれているんだ。彼らが輪廻の円環に加わることはないけれど……ガウラさん然り、誰かからたくさんの想いを受け取った魂は時として、その恩返しにやってくる場合がある」
「それが先刻のあやつであったと?」
「うん。彼は今なお、めぐるさんの魂とともに在る。……残念ながら、一度削ってしまった寿命自体が戻ったわけではないよ。ただ生命エネルギーが正常化されたおかげで、今後の人生、本来罹り得なかった病に斃れたりする危険はなくなったといえるね」
(……ふむ。つまりめぐるは命の淵源を差し出すだけに留まらず、その状態で不測の事態に見舞われるリスクをも負っていたわけか。……強力な古代魔法を得るための代償が、斯くも恐ろしいものとはな)
「うーん、完全回復じゃないのは正直言って後味悪いけど……でも最悪の窮地からは脱したってことだよな? なら良かったじゃないかガウっち! ……っておい、ガウっち?」
気がつくと、ガウラは目をきつく閉じ、歯を食いしばって泣いていた。正座した両の膝に置かれた握りこぶしは、小刻みに震えている。
「……わしは……大切な者たちの気持ちを蔑ろにしてきた。殊にウー殿は、御身のエネルギーを愛珠としてわしに授け、古代魔法を創る際に使ってくれと破格の便宜を図ってくれた……だのにそれを浅はかな独断で拒み、自分の寿命を代用したのは……紛れもなく、わしの下した決断だったんじゃ」
(ガウラさん……)
「そしてその事実を皆に伏せた挙げ句……再び古代魔法に手を伸ばそうとした折もあった。あのとき里長殿に諫められていなかったら……きっと今ごろ、取り返しのつかぬ過ちを繰り返していたじゃろう」
(……本当に阿呆なやつめ)
「しかしガウラは……こんなわしにも、ガウラは……! 歩むべき道を示し、あまつさえ背中を押してくれた! ならば魂の同胞として、わしは絶対に果たさねばなるまい! 己の不届きを恥じ、誠心誠意、皆に陳謝することを……!」
そう宣言すると、ガウラはノーストたちに向き直り、丁寧に頭を下げた。
「心配をかけてすまなかった! わしはもう、わし自身を手放したりはしないとここに誓おう! ゆえにこれまで重ねてきた愚行の数々……どうか、どうか許してはもらえぬじゃろうか?」
ぎゅっと目を瞑ったまま恐る恐る懇願するガウラ。一同は複雑な表情をして沈黙したが、寸陰の間を置いて小さく息を吐いたのはノーストだった。
「ふう……まあそこまで言うのならば、魔剣の封印を先延ばしにしてやらぬこともないが」
「ノースト殿……!」
「ただし、うぬが今の殊勝さを維持している間に限った話だ。……くれぐれも二度失望させてくれるなよ、ガウラ」
「む、無論……! 貴殿の寛恕に胡座をかかず、これから全霊で精進するぞい!」
彼の決意を聞き届けたノーストは満足そうに頷くと、昌弥に視線を移した。
「……オレはガウラさんの気持ちもよくわかるので、元より責めるつもりなんてありません。ただ……このお話はぜひ、零子たちにもしてやってくれませんか? あの子を始めとして、きっと陽だまりの風のみなさんも待ち望んでいると思うんです。あなたと真の意味で、魂の同胞になれるその瞬間を」
「! ……相わかった。あちらへ戻ったら必ずや、すぐに皆へ真実を打ち明けると約束いたそう!」
「ふふ、ありがとうございます。とびきりの勇気が必要になるとは思いますが、健闘を祈っています、ガウラさん!」
虫のような異形の手でガッツポーズを取る昌弥。それを横目に、足を伸ばして座っているトレチェイスは後ろに手をついて、赤い空を見上げながら言った。
「最後はおれっちか。ん~、むずかしいことはよくわからないけどさ。とりあえずガウっちは、泣いてる顔よりも能天気に笑ってる顔のほうが似合ってると思うぜ? だからあれこれ気負いすぎず、もっと楽に生きてみたらいいんじゃないか? ……そう、たとえば今のおれっちみたいに! なーんちって」
飾り気のない愛嬌が場を和ませる。
彼の柔和な言葉は、ガウラの心に深く刻まれた。
「……なんとも沁みわたる激励じゃ。トレチェイス殿、貴殿にはこの身だけでなく、心まで救われるかたちになってしまったのう。わしは一刻も早くその恩義に報いるため、これから己を鍛え、出来ることを増やしてゆくつもりじゃ。いずれは貴殿の役にも立ってみせるゆえ、どうか今しばらく待っていてほしい」
「へへっ、なら近々身の振り方でも考えておくとするかなぁ。いざとなったら目一杯当てにさせてもらうから、修行はしっかり頼むぜー?」
「ヌハハ、がってん!」
――こうして仲間たちへの謝罪を済ませたガウラは、どこか吹っ切れたように清々しい表情で笑った。その横顔に「この分なら陽だまりの風も問題なかろう」とノーストが心中でひとりごつ最中。気を良くしたトレチェイスが戯けてみせた。
「というわけで、どうよツキっち? 無事ガウっちも前を向けたようだし、ここは祝いがてら、景気よく青生生魂を譲ってくれる展開とかもありなんじゃないか?」
突拍子のない提案に、月読命はニコニコしながら答える。
「そうだね。この場ではちょっと難しいけれど、アレは遅かれ早かれきみたちに授けることになると思う。機が熟した暁には、景気よく祝福させてもらおうかな」
「ちぇっ、やっぱ今すぐには貰えない感じかよ~」
「――だが試験についてはこれでパスした。そう捉えても良いのだな?」
「うん、必要な素養はもう十分確認できたからね。ちなみに授けるタイミングについては、ガウラさんの今後に懸かっているよ」
「! わしの……」
「さっきの誓い、真心を以って有言実行してみて。きみが望んだ未来は、その先に広がっているはずだから」
「……承知つかまつった。格別のご高配に感謝いたしまする」
「ふふっ、どうかがんばってね。――あ、それともうひとつ。きみたち三人にかけられている枷も、ここで外しておかないとね」
「え……」「なに」「?」
寝耳に水の昌弥たち。すると月読命は音もなく立ち上がり、三者に神気を分け与え始めた。やがてテラリウムと化した各々の瞳が、にわかに互いの魂を暴き立ててゆく。
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