第306話 歪さ
「い、今のって」
「ガウっちの記憶……なのか?」
「…………」
三者の反応を見るに、賢者だけでなく場の全員に過去の映像が共有されたらしい。ガウラは少し寂しそうな顔をして両腕を組むと、皆に背を向けて洞穴の天井を仰いだ。
「そうじゃ。今しがたの映像はすべて、現実世界のわし――須藤めぐるが辿った運命に相違ない。……ヌハハ、陰気臭いものを視せてまこと面目ないわい」
哀愁を帯びた声で小さく笑い、髭を触って目を閉じるガウラ。その後ろ姿にかけるべき言葉が見つからず、昌弥とトレチェイスは俯いて押し黙る。いっぽうノーストは「やれやれ」と呟き、徐に出現させた魔剣を地面に突き刺した。
「賢者よ。すまぬが今一度、こいつの封印を頼みたい」
「……きみの相棒か。でもそれは少し前に解放したばかりだったはずだよね? 久しぶりの活躍も束の間、もうお役御免にしてしまうのかい?」
「如何せん当てが外れたからな。こいつを再び揮える日など……当分来ることもなかろう」
脈絡のないやり取りに、昌弥たちが戸惑っている。しかしガウラだけは、その裏に込められた痛切な叱咤を感じ取った。このままでは彼との約束を反故にしてしまうだろう。いずれ本気で剣を交え、ともに血沸くような時を過ごさんと誓ったあの高揚すらも。
「やはりわしでは……貴殿の相手は務まらぬか」
「……阿呆が。不足があるのはめぐる、うぬの心に他ならぬ」
「!」
「地を這い、苦汁を嘗め、己の未熟さに打ちのめされ……なおも光を信じ、手を伸ばし続け、ついには勇気の本質を垣間見るに至った漢。それがうぬだ。しかしその心意気が相殺されるほどに、うぬは致命的な欠点を抱えている」
「……うん、残念だけどノーストの言うとおりだね。きみの魂はまだ、青生生魂を扱うに相応しくないようだ」
落ち込んだ様子のガウラに対し、あろうことか追い打ちをかける両名。
トレチェイスはあたふたと反論した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよお二人とも!? おれっちは異世界の事情なんてわからないし、ノスっちとの間に何があったのかも知らない……けど、けどさ! ガウっちが誰かのためを想って一生懸命、死物狂いで頑張ってきたってことだけは伝わったぜ!? なのにどうしてそんな……!」
「そう、死物狂い。まさにそこが問題なのだ、トレチェイスよ」
「え……」
ノーストが目くばせする。賢者は無言で頷くと、今度は銀のオーラをそのまま一同に向けて放った。刹那、各々の身体が纏っている透明のモヤが露わになる。昌弥は直感的に、その正体を悟った。
「これ……もしかしてオレたちの生命エネルギー、ですか……?」
「然り。魂の代謝が引き起こす精気の流動と言い換えてもよい。元来魔物であれば肉眼で捉えられる代物なのだが……うぬらは何故か視えておらぬ様子だったのでな。賢者のちからを借りて一時的に可視化させた。今ならばあやつの歪さを確認できよう」
「歪さだって? ……あ……」
トレチェイスは理解した。生命エネルギーは人間、魔物、魔人、賢者と、種族を問わず皆一様に透明のゆらめきで、身体の周りを覆い尽くしている。ところがガウラだけはそのモヤが異様に小さく、身体の内側から立ち昇っている具合なのだ。その光景は言わずもがな、不穏な空気を漂わせていた。
「……めぐる。うぬがそうなったのはアパダムーラとの決戦前だったな。陽だまりの風の士気にも関わるゆえ、これまで敢えて詮索せず、自ずから真実が語られる日を待っていたのだが……先刻の記憶を視て確信したぞ。うぬは吾らに黙って、いったい何を差し出した?」
「ッ! そ、それは……」
射竦めるノーストの迫力に気圧される。
同時に、昌弥たちからも懐疑的な眼差しが向けられた。
「え……? どういうことですか、ガウラさん……?」
「お、おいガウっち……まさかとは思うが……」
先ほどノーストは、彼には致命的な欠点があると言った。加えて過去のめぐるが初志貫徹で、己を省みぬ献身を繰り返していたこと。果てに、もし彼の生命エネルギーが弱まっているのだとしたら。
「――寿命じゃよ。わしは古代魔法を用い、寿命を払うことで固有スキルの強化を図った。かの死闘で皆を、敵の空劫砲から守るためにのう」
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