第305話 懺悔
立ち入り禁止の屋上から他校の男子生徒が転落した事故。不幸中の幸いか、彼は真下にあった駐輪場の屋根がクッションとなり、重症を負うも一命をとりとめた。
男子生徒の境遇や現場の状況から見て、ことの背景には様々な因果が絡んでいるのは想像に難くなかったが――当事者とみられる生徒らがこぞって無関係を主張し、また男子生徒自身も口を閉ざし続けたため、真相は闇へと葬られる。以降、大人たちはこの件をタブー視し、徐々に風化の一途を辿ることとなった。
すべてを知っているめぐるは、具治の負った心の傷とカルマを慮り、家政夫以外に真実を打ち明けることはなかった。だが歪となってしまった友好関係を手放しに維持するのは難しく、彼は楽しみにしていた"協力プレイ"を実現できぬまま不登校となって、あの望まぬ結末に責を感じ、半年ほど魘される日々を送る。
(自分は……勇気の示し方を間違えたんだ。本当なら彼らを諫めて止めるべきだったのに……やっぱり、自分はガウラにはなれないのかもしれない)
光を進んだはずの道の先には、果てしない闇が広がっていた。しかしこの闇は、己が招いた必然。もがき苦しむのは義務でもあると思い直し、めぐるは懺悔の心で再び登校するようになる。ところが具治との間に生まれた軋轢はすでに、容易に解消できるものではなくなっていた。
「なんでずっと来なかったの? なんで連絡してるのに返事をくれなかったの? ……ボクを避けてたんだよね。ぜんぶボクが悪いと思ってるんだよね」
こうして孤独という報いを受けためぐるはさらに、他クラスからあのリーダー格の恋人と思しき女子生徒がやってきて、陰湿な嫌がらせを受けるようになった。
「あんたさえいなければ……!」
人気者で味方の多い彼女の標的になったことで、他にも多数の生徒から狙われる日常が幕を開ける。それが逆恨みや謂れのない暴力だと知っていてなお、めぐるは贖罪を全うせんと、甘んじて理不尽に耐え続けた。すでに他の友人関係を築いていた具治は、その不憫な姿に目をつむり、手を差し伸べることもなかった。
◇
『あー、なんつーか悪かったな。俺うまれつきこんな感じだからよ……つかタメなんだし、めぐるも敬語はよせって』
二年に進級し、初めての修学旅行。なぜ生きているのかすらわからなくなってきた精神状態で鬱々と参加したこのイベントには、見覚えのない金髪の不良が同じ班のメンバーに割り振られていた。ところが彼のほうは自分の名を把握しているらしく、横にいる風流才子な好青年も、どういうわけか親切に接してくる。
『あははっ! 須藤君、そういうわけだからさ。清水の舞台まで三人でオタトークでもして行こうよ!』
――清水の舞台を回った後も二人は気さくなままで、忘れかけていた"友達との接し方"が次第に呼び起こされていった。そして吃らずに喋れている自分に心底驚かされると同時に、まるで夢を見ているような感覚だと思っていたところを佳果にぴしゃりと言い当てられ、脳内は混乱を極める。正常な判断ができなくなっていたからだろうか、気づけばめぐるは、初対面の人間に弱みを吐露していた。
『ぜんぶ、自分が悪いんだ。それはわかってるんだけど、どうにもならなくて……痛い思いをするたび、いっそ死ねればと……でもそんな自分が嫌で、もっとどうにもならなくなって……』
佳果はそんな自分に対して、あろうことか"逃げる"選択を勧めた。あの日、もう逃げないと誓ったはずなのに――彼の言葉は不思議と心に沁みて、魂が照らされてゆくような心地がした。終いには、かつて後ろ暗い口実に使った"アスターソウル"というゲームを次は自分の力で手に入れるべく、アルバイトを始める覚悟を決めている自分がいて。
『ぅぅうううぁぁあああああああ!』
矢先、自分の闇が霞むほどの凶悪な黒に飲まれかける二人を目の当たりにしためぐるは、もう二度と勇気を履き違えぬため、拳銃をもった担任教師へ渾身のタックルを繰り出していた。まもなく強烈な反撃を喰らってしまったが――白に染まりゆく視界のなか、彼は佳果の言っていたとおり、心が痛みから解き放たれていることに気づく。そこで初めて、光のなかでガウラが微笑んだような気がした。
後半の引用セリフは『第53話 なげうったもの』と『第57話 カタルシス』から。
めぐるにとって、佳果たちとの出会いは大きなターニングポイントでした。
※お読みいただきありがとうございます。
今年も一年、読者の皆様にはたいへんお世話になりました!
元旦まであと少しですが、どうか良い新年をお迎えください。