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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十四章 幸せの表現法 ~自分のためは、世界のためで~
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第304話 勇気

「はぁ……はぁ……!」


 何も考えず、ただ全霊で屋上おくじょうへ駆けつけためぐる。その目に飛び込んできたのは、ひざをついて深くうつむいている具治ぐじの後頭部だった。小刻こきざみに震えており、床は彼の涙で黒く染まっている。


「おっ、まさかのご本人登場ってか!」


 見慣れぬ制服を過度に着崩きくずした、マンバンヘアの男がしゃしゃり出てくる。否応いやおうなしに神経を逆撫さかなでするような、その挑発的な声音こわねゆがんだ笑い方。間違いない。あれは中学時代、自分にたかってきた不良のリーダー格だ。よもや、他校から乗り込んできたとでもいうのだろうか。


「久しぶりだな須藤ちゃん? 相変わらず無性むしょうにぶん殴りたくなるつらしてやがる」


「き、君は…………いったいどうしてここへ……!? か、彼に……具治くんに何を……!?」


「あぁ、てめぇがここにかよってるって、おれの女が教えてくれてよ。三年前にもらそこねたもん、今度は穏便に(・・・)取り立ててやろうと思ってな。このコバンザメ経由けいゆで」


「っ!? ま、またうちのお金が目的で……!?」


「おいおい、人聞きのわりぃ言い方すんじゃねぇ。おれらはただ、てめぇが"くれる"って約束してたもんを回収しにきただけなんだぜ? なのに『そんなの嘘だ!』っとかほざいて突っかかってくるダボがいたらよぉ、正当防衛もやむなしってなもんだろうが」


 おどけた物言いに、周りの連中がゲラゲラと笑う。どうやら具治は、自分と親しい間柄あいだがらであることを知られてしまったせいで、標的ひょうてきに選ばれたらしい。


「まあでも、来ちまったからには直談判じかだんぱんといこうかねぇ。……いいか? 金を用意すんのに口実がいるってんなら、家政夫(あいつ)にこう伝えろ。てめぇは今日、おれらの大事なバイクを不注意でドミノ倒しにしちまった。その落とし前をつけるための示談じだんで、急遽きゅうきょ大金が必要になったとな」


「……」


「わかっているとは思うが、前みたいにチクって逃げようとか考えんじゃねぇぞ? 逃げたらこいつが、五体満足じゃいられなくなるかもしれねぇぜ」


 具治の髪を鷲掴わしづかみにしてるし上げるリーダー格。恐怖と絶望でぐしゃぐしゃになった痛ましき友の顔を見て、めぐるの心は冷たく、そして熱くなった。


「……離してくれ」


「あん?」


「その子を離してくれ! 頼むから、関係ない人を巻き込むなよ!」


「……てめぇ、誰に向かって口きいてやがる」


「っ……! そもそも、君らに渡せるお金なんてはなから持ってないんだ! 自分の意志で扱っていいお金なんて……自分はまだ、持ったことすらなくて……」


「はあ? 何をワケのわからねぇことを――」


「君たちにはビタ一文(いちもん)出すつもりがないって意味だよ! そんなことより……さっき君が投げ捨てたものはこの数ヶ月、彼が必死に頑張ってようやく手に入れたものだったんだ! 弁償べんしょう云々(うんぬん)の話を持ち出すなら、むしろ君がそうすべきなんじゃないのか!」


「――おい、立場をわきまえろ。おれはいま命令してんだぜ? ピーピーわめきやがって、てめぇのゴミみてぇな能書きなんざクソくらえだ。そんなに死にてぇならすぐにでも送って……」


「自分はどうなろうと構わない! その代わり、今すぐ彼に謝罪するんだ!」


 以前は押しつぶされてしまった"勇気"がせきを切ったようにあふれ出し、果敢かかんに立ち向かうめぐる。予想に反して胆力たんりょく発揮はっきする彼に、苛立いらだった取り巻きが「わからせてやりましょうぜ」と指をバキバキ鳴らした。しかしリーダー格は少し意外そうな表情をしたあと、ニタリと笑ってそれをせいする。


「……いや、気が変わった。須藤てめぇ……おれに謝罪して欲しいんだったらよ。そこ歩いて一周してみろや」


「!?」


 にわかにリーダー格が指さしたのは、安全柵のついていない屋上おくじょう胸壁きょうへき部分。その幅は狭く、片足を交互に前へ出さねば進めぬような危険(きわ)まりない足場である。


「マジで命()れるってんなら、できるはずだよな? だがもしハッタリだったときは……てめぇに土下座どげざしてもらうぜ」


「……」


「どうした? はやくやってみせろよ。成功したらこいつに一言(ひとこと)謝ってやる。なんなら金の件も手を引いてやっていい」


「え……どうしたんすか急に!? それじゃ話が――」


「るせえ。臆病おくびょうもんはすっこんでろ」


 有無うむを言わさぬ眼光でせられる取り巻き。どこかこれまでと異なる迫力をまとったリーダー格は具治をぞんざいに放すと、めぐるに対して激情の眼差しを向けた。まるで彼の原動力となっている何かをこばむかのように。


「……見ていて具治くん」


「え……?」


「君の尊厳は、自分がまもるから」


 その言葉を皮切りに、死と隣り合わせの綱渡つなわたりが始まった。風が吹いている影響で、グラグラと足取りが覚束おぼつかない。懸命に均衡きんこうたもつが、少し気を抜けば落下、高さからして相当の衝撃が身体を破壊するだろう。その痛みを想像するほど、恐怖で冷や汗が吹き出て今にも気がくるいそうになる。

 それでもめぐるは、歩みを止めるわけにいかなかった。


(……示すんだ! 自分はもう光から逃げないって……ガウラとともに歩いていけるんだってことを!)



 ――やがて。幾多いくたの危険な局面をくぐり抜け、めぐるはこの無理難題を尋常じんじょうならざる意志の力で乗り切るに至った。見事に生還せいかんした彼の勇姿を、その場の全員が唖然あぜんと眺めている。


「……さあ、約束だよ。彼に謝って」


「あ? ああ……」


 静かに謝罪をうながすめぐるの表情は、何やら得体えたいのしれない清廉せいれんさを帯びていた。リーダー格は何故か言われたとおりにするしかなく、こうべれようとする。しかしその光景を前に、多数の野次やじが飛んできた。


「ふ、ふざけんな! 勝手におれらの取り分までなくそうとしてんじゃねぇぞ!」


「んだよ! 結局そんな乳くせぇ野郎に屈しちまうのか!?」


「とんだ茶番だぜ! ウメェ話があるっていうから、これまで仕方なく付きしたがってきたってのによ!」


 人望じんぼうがないのか、烏合うごうしゅうなのか。リーダー格を執拗しつように責め立てるブーイングが渦巻く。さなか、涙の乾いた具治が追い打ちをかけるように口を開いた。


「……ねえ、あんたさ」


「……?」


「別にボクには謝らなくてもいい。でも……須藤くんにひどいことしたんだからさ。せめて同じ苦しみを味わってから消えなよ!」


 今度は具治が胸壁を指さす。面食めんくらっためぐるは「!? いや、それは」と止めようとするも、意に反して周りの連中が同調し、「そうだ、やれよ!」「まさか自分にはできないことをあいつにやらせたわけじゃねぇよな?」「人を臆病もん呼ばわりすんなら、見せてもらおうじゃねぇかてめぇの度胸どきょう!」などとあおり立てた。


 こうして後に引けなくなったリーダー格はおもむろに胸壁まで近づくと、無言のままそこへ乗って綱渡りを開始する。ところがフラフラと2メートルほど進んだところでバランスを崩し、皆の視界から消えてしまった。


「――」


 再び信じがたい光景を見せられ、目眩めまいがして尻もちをつくめぐる。「やべぇ」と取り巻きがそそくさと撤退てったいを始めるいっぽう。ただ一言「いい気味だ」とつぶやいた具治の笑顔が、めぐるの脳裏のうりに焼き付いた。

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