第303話 崩壊
無事に倉庫へ到着しためぐるは、入口付近で具治と合流した。本当に人の出入りには無頓着らしく、あっさりと内部へ侵入できる。
(セキュリティ大丈夫なのかな、この会社……)
「ほんっと助かったよ須藤くん! やっぱり持つべきものは友だちだね! ……で、探してほしい商品なんだけど。これがその番号」
バーコードと数字が印字された小さなシールを渡される。これと一致するものを、倉庫内のどこかから見つければミッションコンプリートだ。彼は「じゃ、悪いけどお願いしまーす!」と爽やかに手を振り、早々に消えていった。かなり忙しいようだ。
「やれやれ……よし、これも人助け。がんばって探してみよう」
――その後、刻限である夕方ギリギリになって商品は見つかった。しかし具治がどこにいるのかわからなくなってしまったため、その日は場所をスマホで伝えて帰路につく。途中、めぐるは初めての体験に高揚し、また動揺していた。
(働くってあんな感じなんだ……まあ、自分がやったのはほんの一部だけど……具治くんはいつも、ああやって汗水垂らしながら欲しいゲームのために頑張ってきたんだな。ひきかえ自分は、いつでも好きな物が手に入る……何もしていないのに)
俄然、あの時に生じた違和感がより鮮烈な痛みとなってのしかかる。思えば、不良たちの主張も全てが的はずれだったわけではない。誰かに尽くすなら、まず温室から出て外の空気を吸うべきなのだろう。自分にしかできぬこと――それを知るためには、他者に倣い、普遍の視野を培う勇気が必要だ。
(光は……ガウラは、きっとその先にいる。心を磨いて、殻を破って……誇れる己と出会ったとき、自分は初めて誰かの糧になれるのかもしれない)
◇
翌日の学校。具治は感謝を述べながら、日払いの給料を折半してきた。
「須藤くん、昨日はありがとう~! おかげで叱られずに仕事が終わったよ!」
「そ、そっか……何よりだったね」
「で、はいこれ! 約束してたお礼の4000円!」
「! あ……そ、そのことなんだけど……」
「?」
「……えと、自分……昨日は適当に宝さがししてたようなものだし……お陰様でいい気分転換にもなったというか……だ、だからお礼は別に要らないかなって」
「えっ!? で、でもさすがにそれは……」
「いいんだ。と、というか具治くん、昨日働いていたってことは、その4000円がないと、きょ、今日ゲーム買えないんじゃない?」
「ギク! ……あ、あはは、まあね。実はシフトの都合でそうなっちゃってさ……とはいえ、今日のところは大人しく我慢してもう一日働けば済む話だから。須藤くんが気を遣う必要はないよ」
「け、けど……自分は……前から話してたとおり、今日の放課後、さ、さっそく君と協力プレイできるほうが……こ、個人的には断然嬉しいんだけど……」
「……! ……まったく、本当にお人好しだなぁ須藤くんは!」
満面の笑みを浮かべて背中をぼんと叩いてくる具治。彼はめぐるの厚意に甘えて、この場は感謝の意を表明するだけに留まった。代わりに放課後は、二人で存分にゲームを楽しむつもりだ。
◇
最後の授業が終わると、二人はすぐに行動を開始する。具治は近くのショップでゲームを取り置きしてもらっているそうで、浮き立ちながらそれを受け取りに行った。すでに現物を所持しているめぐるは、待ち合わせ場所に指定したとある空き教室に向かう。旧校舎の一階にひっそりと存在しているこの場所は、滅多に邪魔の入らない秘密の穴場なのだ。
(いよいよか。楽しみだな)
念願のプレミアムボックスを手に入れた具治が、ハツラツとやってくる姿が目に浮かぶ。今日は菓子なども用意しておいたし、さぞや充実した時間になるだろう。
(…………)
――そろそろ戻ってくる頃のはず。あと少しの辛抱だ。
(…………)
――なんだか遅いような。彼もまた、食べ物などを用意しているのだろうか。
(…………)
期待とは裏腹に、一向に現れる気配のない具治。あれから1時間近く経とうとしているにもかかわらず、途中経過の連絡すら届かない。急激に胸騒ぎが襲ってきためぐるは、鳴らぬスマホを置いて立ち上がった。
(具治くん……まさか、事故にでも遭って……?)
窓ガラス越しに正門のあたりを見つめる。やはり、下校する生徒たちが疎らに歩いているものの、具治は影も形もない。しかし、ふと視界の上方で何かが動いた気がした。吸い寄せられるように視線をずらすと、そこには信じがたい光景が広がっていた。
「!?」
屋上で誰かと言い争っている具治。その腕には四角いものが抱えられており――まもなく相手に奪われたそれは投げ捨てられ、こちらのほうへ向かって宙を舞った。数秒後、地面に落下した箱は乾いた音を立てて無惨にも砕け散る。残骸の中からは、限定のポストカードに描かれたキャラクターの笑顔が覗いていた。
瞬間、めぐるの魂はひどく揺さぶられた。
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