第302話 光のなか
「オラッ! なんであいつは良くておれらは駄目なんだよ! 差別か!?」
体育館の裏に呼び出されためぐるは、不良たちから集団リンチに遭っていた。鋭いパンチをみぞおちに喰らい、呼吸ができずに蹲っていたところを、今度は四方から蹴り倒される。激痛に耐えているさなか、リーダー格が「なんとか言えよ」と脅してきた。
「ゲホッ……ゲホッ……か、か……彼は……家のために……将来のために、勉強を頑張ろうとして……だから手伝って……」
「ああ? なんだもしかして気づいてねぇのか。あいつ、てめえからせしめた金の半分は遊びに使ってんだぜ?」
「……え……」
「ま、ベンキョーなんてクソだりぃことさせられてんだから、息抜きくらい当然の権利だとも思うけどな。……つーわけでさ、おれらにも恵んでくれよ? ここにいるヤツらは片親だったり捨て子だったり、てめぇみたいに温室でノラリクラリと暮らしてきたのとはワケがちげぇんだ。ちょっと手伝ってくれてもいいだろ?」
股を大きく広げ、しゃがんだ膝に肘を置き、両腕をだらんと垂らす不良。その指には火のついたタバコが挟まっており、周りの連中のなかには、酒瓶を持っている者もいた。
――確かに、人生には享楽的な潤いも必要だ。でも彼らはおそらく、その先を見据えているわけではない。自らの渇きを満たすだけの息抜きは、きっと心の寂寞を助長するだけだろう。
「うっ……うっ……」
それでも圧倒的な暴力と恐怖の前には、なけなしの勇気など風前の灯火。彼らの非行に加担せざるを得なくなっためぐるは、言われるがまま家に戻った。
そうして恐喝されているのを悟られぬよう、街中でアスターソウルのデバイスを見つけ、これを購入したくなったという建前で、家政夫に100万円以上の現金を要求する。相手方の人数と今後の定期的な譲渡を考慮すると、この段階でまとめて貰っておいたほうが融通が利くと思ったからだ。
「…………」
家政夫は寡黙な男だった。しかし最近、明らかに出金の頻度が増えていたこと。そしてめぐるの顔に涙痕があるのを見て、彼はいつになく言葉を紡ぐ。
「……坊っちゃん。人には自由意志というものがあります」
「え……?」
「何が良くて、何が悪いのか。それは誰の主観に基づくかで、かたちを変えてしまう。ですが――」
めぐるの横を通り過ぎ、背を向けたまま家政夫は言った。
「そのかたちを探求しようともせず、ただ多様性という真実の奴隷を演じるのは……我々、汚い大人だけで十分です」
「……」
「あなたは、あなたの誇れる道を――光のなかを生きなさい。そのためには、ここで歩みを止めてはいけない。さもなくば、あなたの大好きなガウラさんを……ずっと待たせることになってしまいますよ」
「!!」
「フフ、出過ぎた真似をしました。……あとはお任せを。学校には私から話をしておきます。坊っちゃんはどうか、しばらく休養に専念されてください」
それ以上なにも言わず、家政夫はただ静かに微笑んで須藤邸を後にした。
――その後、めぐるは大人たちの配慮で少し遠方の中学へ転校する運びとなる。新しい学校では他人に境遇を明かさず、粛々と日々をやり過ごした。行きと帰りは家政夫に車で送迎してもらい、彼は徐々に心の平穏を取り戻してゆく。残りの中学校生活において、再び波風が立つことはなかった。
◇
「ねえ須藤くん、ゲームショウの動画もう見た!?」
「お、おはよう具治くん……え、えっと……もちろん見たよ」
高校に上がっためぐるは、相変わらず人とのコミュニケーションが苦手だった。ところが三度の飯よりゲームが好きというこの具治に目をつけられて以来、最近はこうして彼とだけ話す機会が増えている。
「『ファントムリーフ』の新キャラやばかったよね!? 2のラスボスがプレイアブル化とかめっちゃ燃えるんだけど!」
「う、うん……自分も楽しみ」
「発売日まであと三ヶ月か~! ボク限定のプレミアムボックス買っちゃおうかな! ……あ゛。でもうち今年からお小遣い制が撤廃されたんだった……ぬぬ」
「……」
「うーん……よし決めた。ボク、派遣やってみる!」
「は、派遣? って確か、単発でも稼げるお仕事……だっけ?」
「そう! アルバイトだと、必要な額を稼ぎ終わっても仕事続ける流れになりそうだしね。そのせいでゲームする時間が減ったら本末転倒だよ」
「な、なるほど……そ、その……大変だと思うけど、がんばってね……」
「うん! じゃ、さっそく派遣会社さがしてみよーっと」
そう言って自席に戻り、スマホをいじり始める具治。新しいことへの挑戦にわくわくしているのか、その横顔は輝いていた。
(……普通の友達なら、ここで"一緒に働こう"って言えるんだろうな。けど自分は……きっと迷惑を掛けるに決まってる)
光のなかを生きるには、どうしたらいいのだろう。未だ遠くに佇んでいるガウラから視線を逸らすように、彼は勉学へ励んで淀んだ思考を押しのけた。
◇
『須藤くん、ヘルプミー!』
例の新作ゲーム発売を前日に控えた日曜日。自宅でネットサーフィンをしていると、画面の右下にメッセージの通知が届いた。差出人は具治である。めぐるが返信を入力していると、立て続けに彼から電話がかかってきた。慌ててマイクをセットし、応答する。
「も、もしもし……」
「あ、須藤くん! ごめん、突然で悪いんだけど、いま暇?」
「……う、うん……まあ暇といえば、暇かな……」
「ほんと!? よかった! じゃあさ、今から住所送るんで、ちょっとここまで来てくれない?」
「え……」
まもなくURLリンクを受信する。開くとマップアプリが立ち上がり、場所が確認できた。やや面積の広い土地で、ここからそう遠くない位置にあるようだ。付近の写真を調べたところ、大きな建物が写っている。
「こ、これは……倉庫……?」
「そそ! 今、派遣の仕事で来てるんだけどね。ちょっとしくっちゃって……実は何万種類もある物資の中から、特定の商品を見つけ出さなきゃならないんだ。その……場所の手がかりなしで…………」
「て、手がかりなし……!?」
「あはは、本当は場所が書いてある紙があったのに、どこかに落としちゃったみたいで……でもでも、夕方までに見つけられればセーフなの。ただボクは他にもまだいっぱいピックアップするものが残ってるから……」
「じ、自分に……手伝ってほしいと……?」
「どうかお願いしますっ! ちなみにこの倉庫、人の出入りについてはかなり適当なんだ。私服の人がほとんどだし、きみが紛れても不審に思う人はいないはず。で、その商品を見つけてくれたら、お礼として給料の半分をそっくりあげるから! ってことで、ひとつよろしく頼むね!」
「あ、いや……! ちょ、ちょっとまっ……」
嵐のような通話が一方的に終了する。正直かなり勝手な話だとは思ったが、わざわざ連絡を寄越してきたくらいだ。わりと本気で困っているのかもしれない。
(……まあ、こういう手伝いだったら……大丈夫だよね……)
久しくガウラに近づける機会を得たと思った彼は、急いで支度を済ませ、自転車で現場へ向かった。
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