第23話 逆鱗
※今回は暴力的な内容を含みます。苦手な方はご注意ください。
「さて、阿岸佳果君。質問タイムだ」
薄暗い洞窟のなか。
佳果は手足を拘束された状態で地べたに座っている。そのまわりを囲んでいるのは黒服の集団だ。奥には祭壇のようなものがあって、そこには満面の笑みを浮かべた壮年の男性が立っている。白いローブを着ており、紺色の短髪はオールバックで、顔はややコケているが美丈夫の部類に入る。この者たちの親玉だろうか。
彼は嬉々として、佳果に質問をはじめた。
「ひかる石を持っているよね?」
「あ? んなもん知るか」
「いやだなぁ、この状況で白を切れると思うかい? きみはそこまで馬鹿じゃないだろう」
「あんた見る目ねーな。俺は世間じゃ大馬鹿でとおってんだぜ」
「はは、それは世間の見る目がないのさ。きみはわざと知力を遠ざけているだけで、本当は聡い青年だよ」
「……うっげぇ、初対面のおっさんに知ったような口をきかれるほど気色悪いこともねーな」
「知ったような、ではないよ? 知っているのさ」
男が目配せで指示を飛ばす。すると、この場所まで自分を運んできた黒服が装備をまさぐってきた。抵抗する術がないため、あまんじてその卑劣な行為を受け入れる。
――太陽の雫が、取り出されてしまった。
「ダクシス、これか?」
「ほう、それが太陽の雫。なかなかどうして美しい」
「ちっ、汚ねぇ手で触ってんじゃねっつーの」
「それで佳果君、これをどこで手に入れたのかな?」
ダクシスと呼ばれた男が、また張り付いたような笑顔で尋ねてくる。佳果はその瞳の奥に、どろどろとした醜い好奇心を垣間みた。
「……あんたはダメだな」
「ん?」
「さっきもそうだが、聞く必要もねぇのにわざとやってんだろ。人をもてあそんで得られる感情が、そんなに気持ちいいのかよ」
「……ほら、やっぱり聡いじゃないか」
「るせぇ。俺はこんな茶番に付き合うほど暇じゃねーんだ。早くこれ外せや」
「では、望みどおり単刀直入に問おう。あの少女がなんなのか、教えてくれるかな」
打って変わって、ひどく冷たい視線がこちらに向けられる。あれは相容れない存在に対する、宣戦布告の目だ。ここからは暴力が支配するフェーズに入るだろう。しかし佳果はおくすることなく、変わらぬ調子で言った。
「俺のことは知ってるとか抜かしてたくせに、そっちはからっきしか? ぞろぞろと雁首そろえてるわりに、とんだ無能集団みてぇだな」
「おい、ガキのくせにいつまでも舐め腐ってると……」
「やめたまえフォーラ。……佳果君、教えてくれたら太陽の雫は返すし、もうヴェリスさんや仲間を襲ったりしないと約束しよう。どうかね? 悪くない条件だと思うけれど」
「人にものを頼もうって時に、脅し文句いれてる時点で願い下げに決まってんだろ。わかっちゃいたが、あんたらメンツもプライドもねーな……お里が知れるたぁ、まさにこのことだろうぜ」
「なるほど、きみにその気がないならば仕方がない。我々もなりふり構わずいくよ」
ダクシスは祭壇からゆっくりと降りて、佳果の前でしゃがみ込んだ。そして、握りしめた拳で彼の顔を殴る。洞窟内に鈍い音が反響した。
「今の、どれくらい痛かったかな?」
「ぺっ。素人のくそパンチに痛ぇもなにもあるわけねーだろ」
「強がりはいけない。我々はね、このゲームの情報をたくさん持っているんだ。プレイヤー間の攻撃で働く痛覚の個人差とか最大値とか、実質的にログアウトを封じる方法なんてのも知っているよ? もちろん強制切断の正確な条件や、どうやったら一番効率的に拷問ができるのかも把握している。まあ実践するのはこれが初めてだけどね……きっとうまくやれるさ」
「――だからどうした」
「きみ、気力値が高いんだったね。かわいそうに……二つの意味で落ちることもできないなんて。さーて、いつまで黙秘を続けられるかなぁ」
その後、佳果は黒服集団によってあらゆる武器や魔法で、ぎりぎりのラインを攻められ続けた。弱い痛みと強い痛みが交互におとずれ、体力が一定値まで減ると回復――また最初からやり直し。
ログアウトして逃げようにも、言葉にしようとすれば口を塞がれ、念じようとすれば思考が乱されて散ってしまう。後者は誰かしらのスキルによる影響だと思われるが、遊園地で襲われた時点からずっと継続している。効果が切れる気配もない。
(こいつは……やべぇかもな。みんな……絶対に来るんじゃねぇぞ)
◇
「ここですね」
楓也たちは黒服集団、クイスが潜伏していると思われる洞窟の前までやって来ていた。見張りなどはいないようで、すぐにでも侵入可能だ。
「まさか、滝の裏側にある横穴の先に、このような洞窟が存在していたなんて……」
「隠れるにはうってつけのロケーションだと思います。手薄なのは、見つかるわけがないという慢心かもしれませんね。今のうちに――」
「…………」
「ヴェリス?」
「どうしましたの?」
「聞こえる、佳果の声」
「えっ?」
耳をすますと、奥から風に乗って確かに聞こえてきた。
彼の悲痛な叫びと――その凄惨な魂の波動が。
「これは……!」
「っ!!」
「あ、ヴェリスちゃん待って! 楓也ちゃん、追いましょう!」
「はい!」
やがて、洞窟の奥に辿り着く。
そこに広がっていた光景に、三人は絶句した。
白目を剥いて横たわる佳果を、なおも痛めつけている者たちがいる。
情報屋が残した「彼が痛めつけられることはない」という助言。
たとえそのような意図がなかったにせよ、最悪のかたちで虚偽となってしまった。
――どこか、人の倫理というものを過信していたのかもしれない。
そう思わざるを得ないほどの現実に、楓也とアーリアの身体がこわばる。
ヴェリスは呆然とするさなか、彼の笑顔を思い出していた。
刹那、彼女は腹の底で、雷鳴のごとく咆哮する虎の声を聞いた。
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