第297話 バロメーター
「うおぉ、なんでぇこの四角いのは!?」
「ステータス画面だね。 ……なるほど。おじさん的にはこれ、初見なんだ?」
「あ、ああ……だがその口ぶりじゃ、不思議ちゃんは違うみてぇだな。さしずめプレイヤー用の代物ってところかい」
「たぶん? ただおじさんのは空欄ばっかでちょっと変かも。ほら、わたしのと見比べてみるとさ――」
小難しい顔をして、それぞれの画面を吟味する二人。どうやらプレイヤーとNPC間では、パーティを組まずとも互いにステータス情報を共有できるらしい。唸る彼らに、チャロが付け加える。
「お察しのとおり、NPCは本来その画面を見ることができません。しかし今のおじさんみたく、プレイヤーの存在を認知した上で生の目的を見極め、先に進まんとする魂に限っては、局所的な閲覧権限が発生するのです。おそらく今はSSの項目だけ表示されているかと存じますが、いかがでしょう?」
「おう、《SS-0(F)》って書いてあるぜ」
「ゼロとエフ……ん~、どっちも知らない値だなあ。といってもわたしの見識なんて元々あってないようなものだし、全然当てにならないけどね」
後頭部を掻いてペロっと笑うと、ソティラは「で、チャロさん。これって結局なんなの?」と改めて尋ねた。彼女は右手の人差し指を立て、穏やかに答える。
「魂の情報を可視化したものですね。プレイヤーの場合、ハイフンの後ろには本人の情況に応じたⅠからⅩの数字が入りますが……0はそのどこにも属さないエリア、すなわちNPCを指しています。右側の括弧内につきましては、先ほど申し上げたグナの総量を表しており、プレイヤーは基本EからA。そしてNPCはFが入る仕様です」
「へぇ~~初耳ぃ!」「そういう具合かぁ」
(……)
目からウロコの解説におじさんたちが関心を示している横で、ヴェリスは自分のSS項目にある*を再確認し、自分たちが"基本"ではなく"例外"にある自覚を強めていた。陽だまりの風は現在、佳果を筆頭に全員がこの星印を有している。チャロいわく神気を顕在化している状態を意味するとのことであったが――元のアルファベットが消えているあたり、グナの計算方法が変化しているのかもしれない。
「ちなみにですが。Fの最下部に、横線がうっすら浮かび上がってきていませんか?」
「……確かにあるな。こいつは?」
「それはあなたの進捗に呼応して徐々に濃くなってゆく、謂わばグナのバロメーターです。やがてEの文字が完成したとき、あなたは晴れて冥界入りの資格を得る。つまり今後は、ゴールまでの距離を目算することが可能になったわけです」
「ほう! そう言われるとなんだか俄然、張り合いが生まれる気がすんなぁ! ……ガッハハ、さっきは"真実"ってヤツについ打ちのめされちまったけどよ。これなら悶々とした日々ともおさらばできそうだぜ。いろいろ教えてくれてありがとな、べっぴんさん」
「ふふ、どういたしまして」
「嬢ちゃんも心の底から感謝してるぜ! ここへ招待してくれなかったら、俺はずっと燻ったままだったに違いねぇからな」
屈託のないトーンで礼を述べるおじさん。ところが意に反して、ヴェリスの表情は憂いを帯びていた。
「……ううん。わたしは視たものを伝えただけ。チャロが助けに入ってくれなかったら、きっとおじさんを傷つけて……失敗してたと思う」
「んん? おいおい嬢ちゃん、仮にそうだったとしても、だからこその"予行練習"ってなもんだろ? こうして俺はすこぶる満足してんだしよ、どうかそんな顔しねぇでおくんな。せっかくの美人が台無しだぜ」
「そうだよヴェリスさん! それに、これでもう鑑定の要領はバッチリ掴めたんじゃない? ね、チャロさん」
「ええ。先ほどお話しした内容さえ頭に入っていれば、あとは一人でも立派にやっていけるでしょう。……あなたの鑑定眼は本物です。だからどうか自信を持ってください。あなたの言葉を待っている、まだ見ぬ人々たちのためにも」
「…………ん、わかった。ありがとうみんな。大好き」
◇
その後。
鑑定はソティラの番を迎えたが、彼女はおじさんの結果を踏まえ、「ごめんなさい。実は今、"まだその時じゃない"って気がしててね」と言い、辞退する運びとなった。なんでもヴェリスに敗北したあの日から、自分なりに追い続けてきた"答え"がもう少しで見つけられそうなのだとか。些か心残りではあったが、彼女の意志を尊重したヴェリスは大きくうなずき、おじさんにのみ手紙を渡して二人を宿に帰したところである。
「お疲れ様でしたヴェリスさん。もうよい時刻ですし、今日はお休みになられては?」
「そだね。……あれ? そういえばチャロ、隣の部屋で何をしていたの?」
「ああ。いつぞやと同じく、モニタリングですよ」
そう言って、彼女は空間に映像を投影する。そこには幻の金属を求め、魔境を探索するガウラたちの姿があった。
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