第295話 凪
息を呑むような美しい視線に魅入られつつも、己の心奥を覗かれている感覚に一抹の恐怖をおぼえるおじさん。逸った彼は、それを誤魔化すように緊張の面持ちで鑑定結果を尋ねた。
「じょ、嬢ちゃん。どうなんだい俺の魂は……!?」
「……もうちょっとだけ待ってね」
ヴェリスは現在、白と黒の勾玉が噛み合ってできた円――太極図の様相を呈する、球状のエネルギー体をその目に捉えている。本体は水っぽく、サラサラと流動しており、周りに纏った陽炎のごとき黄色のオーラは、不自然なほど一定の揺らぎを繰り返していた。
(わたしたちの場合、あのオーラは魂の声に反応して、火みたいにずっとかたちを変え続けてる。けどおじさんのは……たぶんこれ、NPCだからってことだよね。前にサブリナとノーストが"成長できない"って話してた意味が、やっとわかった気がする)
彼の魂を構成している要素そのものは、自分や、すぐ横で固唾をのんでいるソティラとまったく変わらない。すなわち愛と魔の二律背反に同義である。しかしそこに伴っているはずの、感情や思考などによって起こる不規則な脈動がいっさい認められないのだ。おそらく彼らNPCにSSやエリア移動といった概念が適用されないのは、この抑圧が否応なしに働いているからであろう。
――凪の魂に、新たな光は生まれないのかもしれない。
(でも)
これまで色々な魂を視てきた経験をもってすれば、たとえ彼がプレイヤーでなかろうとも、どのような状態に置かれているのか鑑みるのは造作もない。ヴェリスはおじさんの内なる叫びに耳を澄ますと、その本懐に触れてみた。
(……出会ったばかりの頃の楓也に似てる。誰かのために、何かになろうとしていて。答えを見つけたくて、必死に悩んでいる感じ……色はエレブナに着いたときのわたしと一緒だ。なら何を認めてほしくて、何を与えたいんだろう? もう少し、"内側の黒"をよく視ればわかるかな)
誰もが抱えている魂の翳。奥魔と称されるその濁りにフォーカスする。超感覚制御が未熟だった時代は、これをやると黒に侵食され意識が破壊されてしまうため、他者の光をたべて拒絶する必要があった。だが今は自らの光を調節するだけで黒を赦し、じっくり観察できるようになっている。
「……ん、だんだんとわかってきた」
「おお! どんな具合だ?」
「えっと、いちばん大切だと思う部分について話すね。まず、どうしておじさんは毎日通うくらい闘技場が好きなのかっていうと……それは正々堂々と闘って高め合う選手たちの姿がすごくカッコよく見えて、憧れているからなの」
「!」
「本当は自分もフィールドで闘ってみたい。強くなって、選手たちとわくわくするような駆け引きをして――観客たちを目一杯、楽しませてあげたい。だけど……自分はそういう立場じゃないってつよい気持ちが、いつもその願いを押し殺してしまう。違うかな?」
「…………いいや、合ってるぜ。ガッハハ、こんなの誰にも話したことねぇってのに、目ぇ見ただけで看破するなんてすげぇな嬢ちゃん! こりゃ本物だ!」
そう言っておじさんは気さくに笑った。ところがその表情は、徐々に曇ってゆく。
「ただなぁ……不思議なことに、なんで"不足してる"って日和っちまうのか自分でもよくわからなくてよ。この前なんて意気揚々と武具まで買い込んだくせして、いざエントリーしようと受付まで行ったら、途端に足がすくんで動けなくなっちまった。……てんで頭と心がチグハグっつうのかな。実は最近、俺は俺という存在を信じられなくなってきたところだったんだ。……って考えすぎか! ガハハ!」
(おじさん……)
ソティラが悲しい顔をする。普段、選手たちの健闘を朗らかにたたえる裏で、彼がそのような葛藤を抱えていたとは。しかし"自分でもよくわからない"というのは――そう考えていると、ヴェリスが見解を示す。
「あのね。受付で動けなくなっちゃったのは、おじさんがNPCだからなんだと思う」
「えぬ……? そういやここへ来るとき不思議ちゃんも言ってたっけか。一体なんなんだそりゃあ?」
「――"決められた役割"のみをまっとうし、来たる転生にそなえ、冥界入りを目指すアスターソウルの御魂。それがNPCですよ」
背後でガチャリと扉の開く音がした。
不意に隣の部屋から現れたのは、チャロであった。
お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!