第292話 霊感
当初の目的であった土地祈祷の前段階として、霊道の浄化を終えた三名。現在、佳果と零子は囲炉裏を囲み、暖を取りながら焼き芋を頬張っている。台所のほうで岬季が煎茶を淹れるなか、二人は緩んだ顔で寛いだ。
「は~美味しぃ~! あったまるぅ~~!」
「ああ。色々と冷え切ってた分、染みるぜ……」
「ホントですねぇ! ……んん? ……ふんふん」
「? 急にどうしたよ、零子さん」
「え? あっ、福丸くんがこのお芋いい匂いだなーって。桐彦さんもお茶の香りが懐かしくて、久しぶりに飲みたくなってきたんですって」
「……そういうことか。やっぱ聞こえねぇの、ちと不便だな」
霊感のない佳果は、零気を伴わぬ状態で彼らの声を受信することができない。かといって常に奥義を保つのは困難であり、また度を越えて神気廻心を維持しようものなら、反動で昏睡してしまうリスクが発生する。――意思疎通に関しては、今後もこうして霊能者を介するのが賢明といえるだろう。
「ま、こいつのおかげで視るだけなら何とかなりそうだが」
「わぁ! 意外とインテリも似合うんですね、佳果さん!」
「意外は余計だ」と相槌を打って、先ほど岬季からもらった片眼鏡を掛けてみせる佳果。瞬間、各部屋を壁抜けしたりして、物見遊山する桐彦らの姿が確認できた。どうやら佳果の魂を中心として、短い半径以内であれば自由に動けるらしい。ただ例の"開かずの間"方面は、波動の相性が悪いのか露骨に避けている様子だ。
「……なんつーか、居ねぇのにそこに在るって不思議な感覚だわ」
「あたし達からすれば、その感覚が無いほうが不思議なんだけどねぇ」
横から岬季が熱い湯呑を手渡してくる。彼女はずずと自分の分を啜り、袋越しに煎餅を割りながら続けた。
「もっとも、別に有ったところで誇れるようなものでもなし。あんた、下手に開発しようなんて考えるんじゃないよ?」
「そこはじっちゃんにも『才能はない』ってばっさり切られちまったし、諦めてるから安心してくれ。……ったく、シムルのやつはめちゃくちゃ霊感が強ぇって話なのに、兄貴がこれじゃ不甲斐ねぇよな」
「うーん、こればかりは遺伝するものでもありませんから、仕方がないですよ。それに佳果さんは他の才能に恵まれまくっているじゃないですか。あたしなんて――」
「…………」
二人の会話を聞いて、岬季が神妙な面持ちになる。シムルという少年の魂が佳果の弟、阿岸和歩に当たることは既に彼女も把握しているところだ。同時に、幼くして亡くなった彼の死因とされていた"医療ミス"。その裏側で、とある実験がおこなわれていた事実も。
(新薬、か……。……碌でもないよ、本当に)
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