第291話 憑依
佳果の言葉に黒ずくめの風貌を想起する零子。ウーの転生に際し、彼が使用していた謎の固有スキル《オクリアクト》――あれを現実世界に流用できるのかはわからぬものの、対象の魂が有するカルマやグナといった抽象的な部分に働きかけるその効果を推し量るに、悪人の更生において応用が利く可能性は十分にあるだろう。
問題は、何かにつけて助力を惜しんでばかりの当人が、果たしてこちらの事情を汲んでれるかどうかだが――。
(……佳果さんは、信用に値すると思ったからこそ引き合いに出したんですよね。最近は一緒にボランティア活動をおこなっているとも言っていましたし……ならここは、せいぜいダシに使わせていただきますよ明虎さん!)
零子は錫杖を収めて敵意のなさをアピールしつつ、三者のほうへ歩み寄って佳果の言を後押しした。
「いかがですかお二方とも。真の意味で復讐を成すには、うってつけの方法だとあたしも思いますけれど?」
『……貴様ほどの術者が太鼓判を押す以上、嘘ではないとみえる。直接断罪できぬのは些か不本意ではあるが……抜本を望めるのであれば、甘んじて条件を呑むのも吝かではない』
『しかし佳果。この場で口約束だけしても、俺たちは地縛を解いてもらったあと、きみたちを裏切って勝手に動き出すかもしれないぞ? さっきまで敵対していた者を、そう易々と信じていいのか?』
「かか、そんな風に確認されちゃ、反って疑う気も失せるってなもんだぜ。……でも確かに、こういうのは証を立てたほうがお互い後腐れがねぇかもな」
『証……?』
怪訝そうに聞き返す福丸に頷き、くるりと背を向ける佳果。そうしてサムズアップした親指で自らの右肩あたりを指さした彼は、あっけらかんと言った。
「二人とも俺に憑いてくれ。そうすりゃ色々、担保にもなんだろ?」
◇
「……ちょっと目を離したらこれだよ」
滞留していた負のエネルギーの浄化を完遂した岬季が、霊道を閉じて近寄ってくる。零子の術によって地縛を解かれ、佳果の魂に憑依した二体の浮遊霊を視た彼女は、やれやれと首を横に振りながら事の顛末を聞き終えた。
「まったく、己の領分を弁えてもらう意図でわざわざ零子と組ませたってのに、そんな歪なもん背負っちまってまあ」
「勝手なことしてすまねぇ、岬季さん。けど俺……無理やり祓うよか、こうしたほうがいいんじゃねぇかと思ってよ」
「……ふう、いいかい坊や。死霊ってのはね、あんたが想像しているよりも遥かに危険な存在なんだ。まだ大義も成せていない分際で、ちと無鉄砲が過ぎるんじゃないかい?」
「! そ、そりゃその……」
言外で"身を滅ぼしたらどうするつもりなのか"と叱咤する岬季。その眼光に、佳果だけでなく桐彦たちもバツが悪そうにしている。すると零子が「待ってください」と割り込んだ。
「師匠。無茶とわかっていて彼らの合一を見届けたのはあたしです。今回の件は全部あたしの責任です。だから……どうか佳果さんたちを責めないであげてください」
「……愛弟子だからって贔屓はしないよ。なら霊能者として、その無茶を通した理由を聞かせてみな」
「……佳果さんは霊感に乏しいですから、本来霊障が起こった際に抗う術を持っていません。しかし彼の場合、瘴気をも晴らす清らかな在りかたを心得ている。その上、神気廻心と零気により魂を光のベールで包み込むこともできます。正直どんなに醜悪なお化けが憑いたとしても、毒されるとは考えにくいと判断しました」
「ふむ。けどざっと霊視した限り、そこの犬っころたちが荒ぶっていたのはどこぞの魔神が手引した結果と見受けられる。……彼の存在は今なお、虎視眈々とこちらに付け入る隙を狙っているかもしれない。あんた、もし自分の手に負えないレベルの相手が急に襲ってきたらどう責任を取るつもりだい?」
「その時は命に代えても彼を守りぬきましょう。……あの人が、あたしにそうしてくれたように」
昌弥を浮かべ、ふっと表情を和らげる零子。その覚悟は上辺だけで犠牲を善とする自己否定の正当化ではなく、直向きに仲間や家族といった大切な存在へ愛を与えんとする、勇敢な矜持にまみれていた。岬季は少し目を見開いたあと、再びやれやれと肩をすくめながら微笑する。
「……わかったよ。ちと楽観的な嫌いはあるけど、どうやら無謀と諭せるほど浅慮でもないみたいだからね。今回は大目に見てあげようじゃないか」
「師匠……!」
「それに坊やの言うとおり、この手合いは浄霊できるならそうするに越したことはない。……ま、憑依いどきゃ簡単には逃げられないって意味じゃ管理も楽か。ほれ」
そう言って佳果に何かを渡す岬季。「おん?」と目を丸くして受け取った彼の手のひらには、片眼鏡が乗っかっていた。
「なんだこりゃ?」
「あたしが下積み時代に使っていた道具さ。それを掛けておけば、そいつらが良からぬことを企んだり、魔神のエネルギーが近づいてきた際にいち早く動向を察知できるようなる。……いくらあんたが"気"の扱いに長けているとはいえ、死角から不意を突かれちゃひとたまりもないだろ? 上手く活用して、くれぐれも気をつけるように」
「! サンキュー岬季さん!」
「で、犬っころたち」
『な、なんでしょう』『……その呼び方、どうにかならぬのか』
零子を軽く凌駕する霊能力を察知し、萎縮気味に返答する桐彦と福丸。ここで彼女の機嫌を損ねれば、先の交渉が水泡に帰す――その確信が二人の態度を引き締めた。
「まっとうな方法で積年の恨みを晴らすのは大いに結構。でもこんなかたちで生者と組めるチャンスなんて、金輪際ないと思ったほうがいいよ。せっかくなら譲歩してくれた坊やに感謝して、色々と見聞を広めておくことだねぇ」
『? と、言いますと?』
「あんたらが未練を断ち切って然るべき次元へ戻ったとき、ここからどういう立ち回りをしたかによって処遇が変わってくるのさ。……向こうでも愛犬と戯れたきゃ、今の冷静さを保って死ぬ気で坊やを助けな。でないと現状、地獄行きが関の山だよ」
『! き、肝に銘じておきます』
(……なんなのだ、この有無を言わさぬ迫力は)
――ともあれ、こうして話がまとまった一行は、そのまま下山して雨知道場へと帰還するのであった。
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