第290話 復讐の機微
顎に手を当てたまま熟考する佳果。その瞳には、見慣れた光がともっていた。率先して誰かを救おうとするとき、彼は決まってこの目をするのだ。
「……ふふ。では、あたしもその考えに乗るとしましょう」
「へっ? まだなんも言ってねぇんだが」
「妙案があるなら異論の余地はありません。なんと言っても、佳果さんは陽だまりの風のリーダーですから! それに、あなたが出した結論ならきっと悪い方向にゆくことはない。……あたしはそう信じていますので」
微笑して絶対の信頼を口にする零子。一瞬面食らうも、佳果はすぐに「サンキュ」と破顔し、再び桐彦たちのほうへ歩み寄った。
「悪い、待たせた」
『構わない。で、交渉には応じてもらえるのか?』
「もちろんだ。ただし条件がある」
『条件、だと?』
「ああ。まずあんたらの復讐だが、手段については俺の指示に従ってもらう」
唐突な主張に、両者は渋い顔をする。
『それはつまり――こちらのやり方に異議を唱えると?』
『やはり貴様も、我らをいいようにコントロールするつもりか!』
「まあ聞いてくれ。柄にもねぇ言い方になっちまうが、"風が吹けば桶屋が儲かる"って言葉があるだろ? あれ、復讐も例外じゃねぇんだよ」
『?』『どういう意味だ』
「あんたらは自分や、自分の大切な存在が傷つけられたことに対して強い恨みを持っている。そりゃあんだけの仕打ちを受けたんだし、当然の感情だと俺も思うぜ? でもよ……だからといって、その痛みを倍返しにしてたら何が起きると思う?」
『……悪党は滅び、無念は晴らされ、多くの魂が浮かばれる。貴様、よもやそこを否定するつもりではあるまいな』
鋭い牙を剥き出しにて問う福丸。ところどころに血色の入った純白の毛が逆立つ様は、彼の魂が内包している同胞たちの怨憎を表しているかのようだった。ここで納得できる答えを示せなければ、悲しみの連鎖は断ち切れない。佳果は臆さずに否定した。
「違うんだ福丸。確かに連中を壊滅させりゃ、お前や桐彦さんとってはこれ以上ない救済になるかもしれねぇ。だがその救済の裏で……新たな悲劇が生まれ、自分たらと同じような思いをする犠牲者が大勢出るって言ったらどうだ?」
『……? いまいち話が見えない。なぜ俺たちの復讐が次なる不幸を生む?』
「そこで起こった負の感情が、別の次元を介して周りに波及するからだ。当然無関係の人たちも、とばっちりを受けることになる。実際に肉体を失って、さっきまで我を忘れていたあんたらなら実感も湧くんじゃねぇか?」
『!』
佳果は知っていた。片や、任侠を重んじる東使組ですら何代にもわたってその闇に苛まれ続けている事実を。加えて、浄化を免れた負の感情が黒のモヤから瘴気へと変質し、それを拠り所にしている魔神のちからが強まることで、現実世界に様々な悪影響が齎されること。よしんば瘴気の供給過多で逼迫した場合、天災という不可抗力の還元さえあり得ること――以前ムンディから伝え聞いたこれらのカラクリについても交えつつ、必死に真実を説こうとする彼に福丸は唸った。
『むう……仮に貴様の言っていることが本当ならば、我らと西沖会の闘争もまた、他者による負の感情が巡りめぐった結果であり……』
『その輪から抜け出せない限り、俺たちは俺たちの預かり知らないところで、第二第三の犠牲者をつくってしまう。そう言いたいのか?』
「そのとおりだ。……で、『赤の他人がどうなろうと知ったこっちゃねぇ』と切り捨てられるほど、冷静になったあんたらは酷い考え方をできねぇだろ? 当初の目的はあくまで家族や仲間のための敵討ち――優しい正義感から出発した復讐なんだからよ」
『それは……』
『……しかし人間。では貴様に手段を委ねるとして、いったいどのような方法があるというのだ?』
「肝になんのは、奴らを更生させて負の感情が集まる場所自体をなくすこと。その意味で、"精神を破壊して刑務所へ送る"って方法はむしろ逆効果だ。正常な思考ができねぇ状態で拘束すりゃ、猛省の機会が失われちまうからな」
『……佳果。きみは本気で、あんな連中に改心の見込みがあるとでも思っているのか? 自主的に社会へ仇なすような、腐りきった性根をしているんだぞ!』
「普通のやり方じゃ土台無理なのは俺もよくわかってる。ただ裏を返せば、普通じゃないやり方なら可能かもしれないって話だ」
『普通じゃない……?』
「ああ。今まで自分がやってきたことに対する"強制的な振り返り"。それを意図的に狙えるやつが、俺たちの知り合いにいる」
お読みいただきありがとうございます!
約2週間も休載してしまい誠に申し訳ありませんでした。
現在プライベートが激動しており、おそらく
来週あたりにようやく落ち着いてくると思われます。
執筆は隙間を縫って継続してゆくかたちになるため、
目下 不定期の連載が続く見込みです。
作品は必ず完結させますので、その点はご安心ください。
今後とも本作をよろしくお願いいたします!