第289話 火の粉
たとえ直接的な浄化ができずとも、己の在りかたを示すことで二人との対話に漕ぎ着けた佳果。一時はどうなることかと肝を冷やしたが、零子はホッと胸を撫で下ろした。そして幾ばくか平静さを取り戻した桐彦たちは、恨めしそうに同情の言葉をこぼす。
『きみもやられたんだな、あいつらに』
「ん? そりゃどういう……」
『気づいておらぬか。貴様の両親や弟を手にかけたのは、西沖会の残党たちだ』
「!?」
以前、東使組の組長である拓幸は、依帖の計画に協力したのが『うちの組と長らく敵対関係にある勢力』と言っていた。ともすれば、その勢力こそが彼らのいう"残党"に該当すると思われる。
『彼の組織は、今なお水面下で存続している。とかげの尻尾切りを繰り返し、巧妙に生き長らえてきた狡猾な権力者が……未だ私腹を肥やしているんだ』
『ゆえに連中へ報復し、膿を出す機会を得られなければ、こちらの腹の虫がおさまることはない。……佳果に零子と言ったな。我らは志半ばで、見知らぬ魔神の手によりこの霊道へと囚われ、今日まで久しく身動きを取れずにいた。しかし貴様らにはその楔を祓い除けるちからがあると見受ける』
『そこで提案したい。ここは蹂躙された者同士、反骨の誼で処置をお願いできないか? もちろん、これ以上きみらや関係のない人間に危害は加えないと約束もする。……さっきまでは、怒りで我を忘れていてすまなかったな』
話すうちに落ち着いてきた桐彦が切望する。腸が煮えくり返っていた福丸も、『我のなかにある数多の憎悪は甘んじて鎮めてみせよう』と主の言葉に頷いた。
数秒、真剣な表情で目を閉じた佳果。
彼は「少しだけ時間をくれ」と言って零子のもとへ戻る。
「……どう思う?」
「地縛の原因が、彼らの内面でなく外側にあるなら処置自体は可能です。ただ……」
「二人が解放されれば残党狩りが始まる。んで、たぶんその因果の影響を受けるのは当事者だけに留まらねぇ……そうだよな?」
佳果はよく知っていた。"目には目を、歯には歯を"――そうやって牙を剥く世界と同じ土俵で渡り合おうとする限り、自他へ降りかかる火の粉が緩む日は永劫に来ないという真実を。それはかつて、シムルを諭した時よりも深き確信となって彼のなかに息づいていた。無論、その教訓を得ているのは零子とて同じである。
「ええ。つまりあたし達にできる処置は現状、和解による浄霊ではなく、一方的な除霊だけ。……彼らの自由意志を捻じ曲げなくてはなりませんが、死してなおカルマで自傷する姿を見過ごすのと比べれば、遥かにマシといえるでしょう」
(除霊か……)
即ち、対話を諦めて霊界へ強制送還する方法に同義である。だが佳果は、冷静な今の二人こそが本来の魂であると考えていた。ゆえに残された道はひとつだった。
「助言をもらった手前ですまねぇが、零子さん。実は俺……いま別の考えが浮かんでてよ」
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