第286話 贖罪
(うぐ……何が起こりやがった……!?)
豪雨と火炎がせめぎ合うさなか。気絶し、うつ伏せで倒れていた西沖会の男は、流血する頭部を押さえながら片膝をついた。その視野の狭まった瞳が辛うじて捉えたのは、周囲に立ちのぼる水蒸気と黒煙、そして爆風で崩壊した施設の残骸だった。
(落雷……? クソッ、冗談じゃねぇぞ!)
こうなってしまっては、消防団や警察が動くのは時間の問題である。先ほど処理した松葉杖の男の犬に関しては問題ないが、まだ証拠隠滅が不十分な案件は複数残っていた。今は舎弟たちも別の計画のために出払っているゆえ、この状況で採れる選択肢は限られてくる。
(ここは放棄してズラかるしか……そういやあいつは? 回収しておかねぇと!)
生きていても死んでいても、奴は自分にとって不都合な存在だ。すぐに見つけて運び出さなければ――そう考える彼の目に、横たわる大きなキャリーワゴンが映った。まさに不幸中の幸い、あれを使えばなんとかなるだろう。
「っし! あとは奴を探して……!」
『逃げるつもりか。そうはいかない』
「!?」
振り返ると、背後の炎のなかで人影が立っている。それはどう見てもあの松葉杖の男だった。しかしまるで怪我などしていないかのごとく、ゆっくりと両足を使ってこちらへ歩み寄ってくる。そして彼の周りには沢山の青白い不気味な粒子に加え、本能的な恐怖を感じる黒い霧が浮かんでいた。
『貴様だけは楽に死なせんぞ。魂の狂気におかされ、罪を贖うがいい』
「は……? お前、マジでイかれて――」
瞬間、雷光によって桐彦の表情がはっきりと見えた。あらゆる悪意を内包したその人間らしからぬ眼差しに射竦められ、彼は硬直を余儀なくされる。同時に青い粒子が大量のドクロに姿を変え、無数の怨嗟が覆いかぶさってきた。
『お腹すいたよ』『喉かわいたよ』『狭いよ』『出してよ』『痛いよ』『苦しいよ』『やめてよ』『どうして』『どうして』『どうして』『どうして』『どうして』『どうして』『どうして』
それらの声が誰から発せられているのか、直感的に理解する。直後、黒い霧が身体に纏わりつき、男は恐ろしさのあまり拳銃を乱射した。
「来るな……こっちへ来るな……!!」
だが、弾が命中したはずの桐彦は依然として歩みを止めない。
その手には、スタンガンが握られていた。
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