第285話 激昂
※今回のお話は、今まで描写してこなかった方向性の暴力表現を含んでいます。読んでいて嫌な予感がしましたら多分そのとおりの展開になりますので、苦手なかたはくれぐれもご注意ください。
薄暗い室内、充満している噎せ返るような空気をものともせず、あからさまに不遜な態度をとる男。生理的な嫌悪感のある視線で上下に舐められ、桐彦の震えは恐怖から怒りへと、その源泉を立ち返らせた。
「――あんた、ここの関係者か?」
「は? そりゃこうして残業してんだし、そうに決まってんだろ。……ま、お前は違うみたいだけどな。うちにびっこ引いてる木偶なんざいねぇからよ」
にやけ顔で男がつかつかと歩み寄ってくる。桐彦は右の松葉杖をすっと肩の高さまで上げ、指を差すようにして牽制の言葉を放った。
「それ以上近づくな。今から俺の質問に答えろ」
「……ぷっ! お前なかなかイかれてんなぁ。面白ぇ、特別に何でも答えてやる」
「昼間、犬を一匹誘拐したな? ラブラドールの成犬だ」
「誘拐? ……ああ、今ので合点がいったぜ。さてはお前、あれの飼い主か」
「!! やっぱり福丸はここにいるのか!? どこだ、どこへやった!?」
「どうどう、そう興奮するなって。……あれなら目と鼻の先にいるぜ。ほら」
彼はサムズアップした手を後方へ向けた。だが視界が悪く、距離的にもよく見えない。桐彦が懐中電灯で焦点を当てるように確認してみると、そこにはエレベーターに似た小さめのドアがあった。左右にも同じものがいくつか並んでいる。
「……?」
「おっ、ちょうど終わったみたいだな。んじゃ感動のご対面といこうかねぇ」
男が壁際のボタンを押す。途端にドアが開き、中から強烈な臭いの煙と、台のようなものが出てくる。そこに乗っていたのは――どう見ても骨であった。
「」
「おし、いい具合に隠滅できてら」
「ぁ」
「ったく、急にデコ助どもがガサ入れの準備おっ始めやがったと思ったら、まさかお前の飼い主が原因だったとはなぁ。お互い、上が馬鹿だと苦労するぜ」
「ぅ……あ……」
「どうしたアホ面? もともと壊れかけだったみたいだが、いよいよ完全にぶっ壊れちまったか? ……こんな風によ」
あろうことか、男は骨を思い切り蹴飛ばして火葬炉の周辺へ撒き散らした。刹那、理性の箍が外れた桐彦の激昂が部屋中に響き渡る。
「ぅぁぁぁあああああ!!!」
右の松葉杖を投げつけ、サバイバルナイフに持ち替える桐彦。彼は過剰に分泌された脳内物質を火事場のちからに変えると、不自由な足を無理やり酷使して左の松葉杖に全体重をかけ、棒高跳びの要領で男に襲いかかった。しかし渾身の一撃をひらりと躱した彼は、地面に倒れた桐彦の頬を容赦なく踏みつける。
「ぐぼぇっ……」
「手負いのカタギに殺られるほどヤワな鍛え方はしてねぇよ。さて、弾く前に教えてやろう。お前の犬が死んだのは、紛れもねぇ。お前のせいだ」
「なに……を……!」
「あれは優秀な遺伝子を持っていた。本当はしこたま交配させてから処分するつもりだったのによ……誰かさんが通報なんざしちまって、碌に搾り取れねぇままあの世行きだ。子孫も残せず可哀想になぁ……おかげでこっちのシノギも停滞、親父に下剋上する計画がパァさ。……マジでどんだけ迷惑かければ気が済むのお前」
「迷惑、だと……? きさまが、きさまがそれを言うなぁぁぁあ!!」
「――うるせぇよ。畜生どもより耳障りな声で吠えんな」
男は懐から注射器を取り出し、無表情でそれを思い切り桐彦に刺す。まもなく彼は視界が揺れ、意識が朦朧とし始めた。
「痛っ……これ……は……」
「麻酔の余りさ。ちっとばかし濃度の高いプロポフォールってヤクだけどよ。……まあ最期くらい温情をくれてやる。あれと同じく、夢でも見ながら逝けや」
タバコに火をつけ、一服しながら拳銃を頭に向けてくる男。その横顔を睨む桐彦は、福丸と過ごした日々の走馬灯を見ていた。無念だが、ここまでかもしれない。
(せめてこいつの……こいつらの悪行を明るみに……)
先ほど"隠滅"と言っていた以上、彼らは罪から逃れるためなら手段を選ばないはずだ。つまり自分も消されたあと、きっと行方不明にされるのだろう。――それだけは避けねばならない。ここで一矢報いずして、死んでも死にきれるはずがない。
(福丸……それに今まで殺されていった数多の犬たちよ……この耐え難い屈辱の恨み……ここで晴らしてやろうぜ……)
福丸の幻影に手を伸ばす桐彦に、男が引き金を引いたその瞬間だった。轟音とともに天から落ちてきた雷が、施設の煙突に吸い込まれてゆく。にわかに、周囲を爆風が駆け抜けた。
私事で恐縮ですが、明日は帰省のため休載となります。
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!