第284話 凍寒
(いない……)
けたたましい騒音のなか、倉庫内の一巡を終えた桐彦は焦燥感を募らせる。すでに夜も更けているとはいえ、ここが暴力団に関わる施設であるなら見張りの者が常駐していても不思議はなかろう。しかし人間と遭遇することは疎か、福丸の姿も見当たらなかったのだ。
(ここじゃないのか!? でも外にドッグランや他の建物は――)
刹那、雷によって一部の窓際が白く染まった。すると入り口の反対方向に、先刻は気づけなかったもう一つの扉が浮かび上がる。それを目聡く捉えた彼は、衝動のまま近づいて躊躇なく開け放った。
「あれは……」
ゲリラ豪雨の降り始めた屋外を挟んで、前方にぼんやりと明かりのついた別棟があるのを発見する。十中八九、あそこに誰かいるのだろう。桐彦はずぶ濡れになりながら現場へ向かい、入り口のドアノブをひねった。案の定、ここも鍵が掛かっていないようだ。
「……」
中へ入ってみたところ、部屋は無人だった。だがさらに二つの扉が確認でき、それぞれの向こう側から何か不気味な気配が伝わってくる。
(……そこにいるのか? 福丸……)
おもむろに片方の扉を開ける桐彦。その瞬間、内部から強烈な冷気が漏れ出して全身が粟立った。内部は漆黒に包まれているため、恐る恐る懐中電灯で照らしてみる。
「!!」
そこには、心をも凍てつかせる現実が広がっていた。夥しい数の犬の亡骸が、積み重なって冷凍保存されているのだ。あまりの光景に後ずさり、松葉杖ごと倒れて尻餅をつく。ガタガタと震える彼の脳内では「大丈夫だ」という言葉が繰り返されていた。
(あのなかに福丸はいない……そうだよ。きっと、あっちにいるに決まってるさ)
希望に縋るかのごとく、彼はもう一方の扉へ這いずりながら逃げ込んだ。ところが――。
「あん? 誰だお前は」
桐彦を出迎えたのは、ワインレッドのドレスシャツを着たオールバックの男だった。ポケットに手を突っ込んだ彼の背後から、異臭が漂っている。
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