第283話 嵐
電話を切り、放心状態で項垂れる桐彦。暗い部屋の中で独り、漠然と感じるのは後悔の念だった。不意に外で雷が鳴り響き、我に返った彼はぐるぐると思考する。
(――俺が遠回りしたからこうなったんだ。あの時、用を足すのだって我慢できたはずじゃないか……俺が目を離したから、迂闊にもあいつの傍を離れたから! 福丸はヤバい連中に連れ去られちまったんだ!)
もはや何度目かわからぬが、どっと涙が溢れてくる。そして行き場を失った罪悪感は次第に激情を呼び起こし、冷静な判断を遠ざけた。
(暴力団……現実に齧りつくこともせず、同じ穴の狢が傷を舐め合い、社会に逆恨みして……他者を踏み躙る、人でなしの有象無象!)
困難な人生を歩みつつも、その荒波に呑まれまいと誠実に日々を耐え抜いてきた桐彦にとって、対極に生きる彼らのような存在が断固否定すべき"悪"であるという偏見を抑えるのは難しかった。実害を被った手前、制御できぬ敵愾心が膨張してゆく。
(どうせ金儲けのためにあいつを道具扱いしたんだろ……!? 人のパートナーを弄びやがって、絶対に許さねぇ……! 待ってろよ福丸、俺が今すぐ助けに行ってやるからな!)
ピカピカと明滅する雷光が、憤怒の表情を浮かべる桐彦を頻りに照らした。むかし護身用に入手したスタンガン、アウトドア用に買ったサバイバルナイフ、懐中電灯などをバッグに詰め込み、彼は車椅子に乗って家を飛び出す。
◇
「あそこか」
この地域で繁殖場といえば、該当する場所は一箇所しかなかった。マップアプリを使って一心不乱に現場へ急行した桐彦は現在、閉ざされた門を睨みつけている。
(あの中に福丸が……家宅捜索は明け方にやる予定だって聞いたけど、そんなの待ってられるか! 不法侵入上等、とにかく今はあいつに会いたい、安心させてやりたい!)
松葉杖を使い、門の脇から強引に侵入を試みる。やがて時間は掛かったものの、何とか怪我なしで乗り越えることができた。そうして敷地内を移動してゆくと、倉庫のような建造物に辿り着く。そこには巨大な扉が構えていたが、不用心にも錠は掛かっていなかった。
(動物の臭いがする……この中か!)
扉の隙間に両手の指をつっこみ、思い切り押っ開く。一瞬象が鳴くような音が立ったが、無事入室に成功した彼はそのまま、懐中電灯をつけて内部の様子を確かめた。果たして、たくさんの犬たちが管理されている光景が目に飛び込んでくる。
(うっ……なんて狭いケージなんだ……掃除もほとんど行き届いてないし、身体はガリガリでぐったりしている子ばかり……いくらなんでも杜撰すぎる!!)
あまりのやるせなさに桐彦が唇を噛んでいると、寝ていた犬たちは懐中電灯の光と人気を感じ取ったのか、一斉に吠え始めた。それは今までおよそ聞いたことのない、負の感情が籠った怨嗟の嵐だった。責め立てるかのごとく明確な敵意を帯びた咆哮の飽和が、さらに彼の理性を狂わせる。
「くっそぉぉおぉ! 誰もいねぇのか!? いるなら出てこいよ!! 全員、俺が断罪してやる!!」
ギラギラとした瞳でナイフを取り出し、携帯する桐彦。血眼で福丸を探しつつ、彼は奥へ奥へと進んでいった。
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