第279話 拒絶
以前魔神と対峙した際のごとく、零子は水晶や神符などを用いて相手方の動きを封じた。光の輪に捕縛された人型と獣が、無理矢理それを外そうと身悶えている。
『ぐぅっ……動けぬ……!』
『畜生、仲間がいやがったのか……!』
きっと強力な術なのだろう。やがて抵抗を止め、こちらを睨みつけるだけとなった両者。その刺すような視線に冷や汗をかきつつ、佳果は零子に問う。
「なあ、怨霊はわかるけどよ……モノノケってのは?」
「先ほどあなたが浄化した黒――人の負の想念を喰らった、動物霊といったところでしょうか。素性はアスターソウルの魔獣に近い存在ともいえます。ただ……」
「……どう見ても尊厳がある。どっちかっつうと、中身は魔物寄りなわけか」
『何をごちゃごちゃと!』
『人間め! 絶対に取り殺してやるぞ!』
分析を遮るように野次が飛んでくる。狼の姿をしたモノノケはグルルと威嚇を続け、人型のほうは据わった目でギリリと歯を食いしばっている。事情はわからぬが、彼らは強い恨みの感情に支配されているらしい。佳果の脳裏に、東使組の親父さんがよぎった。
(……本人が愛を拒絶している場合、零気が届かねぇのは知ってる。ならあの時みたく強制的に黒を受け取ってやりたいが……ここは精神世界でなく現実世界だ)
『うん、いま主様を頼ることはできない。それにもし頼れたとしても、どのみち吾輩たちの零気は彼らに通用しないと思うよ』
(? なんでだ)
『負の想念は生体より、死霊のほうが深く魂と結びつくから。実際あの二人は、ヨッちゃんの"真の勇気"を見ても目の色ひとつ変えなかった……よほど熾烈な恨みを抱えているんだろうね。たぶん、晴らすまで拒絶は解けないはずさ』
(そう、なのか……)
先刻ウーが言っていた"見極め"という言葉。そしてここへ来る前、岬季が示唆した『遅かれ早かれ通ることになる道』の真意。俄然それらが腑に落ちた佳果は、己の無知と未熟さに打ちひしがれる。
「……悪い零子さん。どうやら俺、こいつらの前じゃ役立たずみてぇだ……」
「――何をおっしゃいますか。あなたや師匠がそこに居てくれるだけで、あたしの心はつよく在れるんです。奮い立つのです! ……さっきの零気、かっこよかったですよ? ウーちゃんにも、支援していただき感謝しているとお伝えください!」
「……!」『えへへ、ばっちり聞こえてるよレイちゃん!』
彼女は振り返らず、背負っていた錫杖と呼ばれる杖を地面にさし、シャンシャンと二回ほど鳴らした。そうして凛然とした声で言う。
「佳果さんは引き続き、負の想念への対処を。他はあたしが一手に引き受けます! ……さあ。あなたがたの苦しみ、分かち合わせていただきましょう」
目を閉じ、お経のようなものを唱え始める零子。刹那、鍛えられた霊感が視せる脳内ビジョンに、モノノケたちの記憶が流れ込んできた。そこには一匹の犬と人間の男が仲良く暮らす、在りし日のあたたかな風景が映っていた。
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