第267話 事件
「東使組って……もしかしてあんた、あのおっさんと面識があんのかよ?」
「はい。東使拓幸――裏社会では重鎮とされる人物ですね。もっとも実際に会った感じ、およそ"向いてない"としか思いませんでしたが」
(……確かに)
親のために奔走し、涙も流せる純朴さ。めぐるに高価なデバイスを贈った気前のよさ。ウー救済のヒントを与えてくれた洞察力に、こうして椨の活動に協力すると決めた器量。どれをとっても、なぜ闇のなかでうごめいているのか不思議に思えるくらい、彼はどこまでも好漢であった。
「……けど、あのおっさんが社会的にそういうポジションにいるのは動かしようのねぇ事実だ。あんた、癒着がバレちまったらどうするつもりだよ?」
「そのあたりは神仏にもフォローしてもらっていますから、大丈夫です。あなたが心配する必要はありません」
(で、でたよ反則技……ん? つか、それって人の尺度じゃ裁かれる案件でも、神的にゃNGじゃねぇ場合もあるってことか)
その基準を思索するさなか。気づけば車はめぐる邸の近くまで戻ってきていた。佳果は「ここでいいぜ、サンキュー」と言ってドアを開ける。
「お疲れ様でした。次の依頼人が決まり次第、また連絡しますよ」
「ああ、合点承知だ」
◇
その晩。ヴェリスはいつものように"世界の光"へアクセスし、アスターソウル内に存在する全ての人々へフィラクタリウムの頒布情報を伝えるべく、気脈にメッセージを流していた。
『明日も各町で魔除けを頒布する予定だよ。これがあれば、魔獣に襲われる危険がなくなるの。旅をしている人や、荷物を運ぶ人にもオススメ。……そうそう。もしわたしの声が届いたら、目が覚めたあと、あなたの大切な人たちにもこのことを伝えてあげてね。それじゃ、おやすみなさい』
以前チャロからもらったアドバイスを参考に、要点のみを簡潔に話す。初日は「もう少し詳しい内容のほうがよかったかな」とも思ったが、今日に至るまで計画はすこぶる順風満帆のため、きっと丁度よい匙加減だったのだろう。
「よし! わたしもそろそろ寝よっと」
世界の光との接続を切り、ラムスの仮宿にて床につくヴェリス。このときの彼女は、明朝あのような事件が起こるなど予想だにしていなかった。
◇
「おはよう、おばあちゃん。無理してない? 身体は平気?」
アスター城に訪れたヴェリスが、フルーカの体調を気遣っている。魔除けの制作は陽だまりの風内で分業できるようになったものの、国璽の捺印は女王にしかできない仕事だ。ゆえに彼女の負担は大きく、ヴェリスはとても心配そうに背中をさすった。
「ありがとうヴェリスちゃん。でも平気よ? ほら、実際にやっているのはウィンドウ上での操作だけだから」
フルーカが手元で専用ウィンドウを立ち上げ、実演してみせてくれた。カメラアプリのような具合で、どうやら画面内に映っているアイテムに対し、ワンボタンで国璽を付与できる代物らしい。ただ、一度に処理できる数には上限があるそうだ。
「……だけど、魔除けの量はすっごく多いし……一日中これをやってるんでしょ?」
「うふふ、この頑張りが大勢の人を救うと思えばへっちゃらです!」
そう言ってガッツポーズするフルーカに、ヴェリスはむむむと口をへの字に曲げた。そしてすぐに電球マークを浮かべると、とある提案をおこなう。
「ね、おばあちゃん。わたし、せめて差し入れをもってくるよ」
「あらあら……それは嬉しいけど、なんだか悪いわね」
「気にしないで! 何か欲しいものはある?」
「うーん。それじゃ、『もちゃっこ茶屋』のおだんごが食べたいかな」
「わかった、行ってくる!」
目にも止まらぬ速さでその場を立ち去るヴェリス。彼女の優しさにフルーカはニッコリと笑いながら、しみじみ「ありがとう」とつぶやいた。
いっぽう城下町に出たヴェリスは、くだんの茶屋を目指してタタタと軽快に走ってゆく。するとクエスト受注の掲示板がある広場のあたりで、不意に誰かから呼び止められた。
「あいや、あなたさまは……!!」
「きゃー! 本物!?」
「おーいみんな、"お告げの神様"がいらっしゃるぞ!」
「へっ……?」
あっという間にヴェリスを取り囲んだのは――夢で彼女の頒布情報を聞き届けた町人たちの集団であった。
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