第265話 誓い
その後。佳果と明虎は、別室で待機中の職員に事の顛末を伝えた。甲斐のある報告を聞いて、職員はしきりに頷き破顔している。
「なるほど、そうでしたか。やはりあの子は、何か悪いものに憑かれていただけだったのですね……!」
「ええ。ただし、"だけ"というのは少々語弊があるかもしれません。彼は確かに不浄なものから悪影響を受けていた。しかしそのきっかけとなったのは――本人がついぞ埋められなかった心の隙間。そこに潜む、表裏一体の昏き感情であったがゆえ」
「? 波來様、それはどういう……?」
「職員さん。矢一が話してくれたんだけどよ。あいつ……家庭に問題があってここへ来たんだってな」
「!」
佳果の言葉に改めて驚かされる職員。矢一の人見知りは、施設内で暮らす他のどの子よりも激しく、彼のつよい警戒心を解くのは百戦錬磨のベテランスタッフであっても決して容易なことではなかった。だのに今日会ったばかりの御仁らに対し、自ら素性を明かすほど心を開いているという事実――職員は真剣な顔つきになって続きに耳を傾けた。
「あいつはその痛みを、本当は誰かと分かち合いたかったんだ。けどそれをするにはちっとばかし……この場所は疎外感が強かったみたいだぜ?」
「手ひどく傷つけられた者が腫れ物に置き換わるのは世の常。とはいえその患部に塗るべきはやはり、他者との交流のなかで生まれる妙薬に他なりません。……入所から発症までの一ヶ月間、彼がひとりでなかった時間はどのくらいありましたか?」
「…………」
オブラートに包んではいるものの、毅然と問われた運営体制。彼らの指摘どおり、現行のやりかたは全体の秩序を重んじるあまり、個々への配慮が行き届いていなかったのかもしれない。職員はキュッと目を瞑って俯き、両手の拳を握りしめた後。それらをそっとほどいて、一つ深呼吸をしてから言った。
「……いやはや目が覚めたような心地です。今回あなたがたをお呼びして本当によかった。これからは心機一転、皆が無意識に目を背けている部分に対しても、真摯に向き合ってゆくとこの場で誓わせていただきましょう。得難きご鞭撻をたまわり、深く感謝を申し上げます。此度はありがとうございました」
「フフ。その誓いは我々でなく、天と己に――そしてここで暮らす全ての子どもたちに立てていただければ幸いです」
「あいつのこと、どうか励ましてやってください! 俺たちもまた、近々遊びに来るんで!」
「はい、痛み入ります……!」
◇
こうして初仕事を終えた佳果は、明虎の車に乗って施設をあとにした。
次回見えた矢一少年が、"みんなと同じ場所"で笑っているのを想像しながら。
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