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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十四章 幸せの表現法 ~自分のためは、世界のためで~
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第262話 ふつう

「お待たせいたしました」


 その後、二人は矢一(やいち)という名の少年が暮らしている部屋まで案内された。こんこんとドアをノックし、わずかに開けた状態にして声を掛ける職員。


「矢一くん、さっきお話したボランティアの方々が来てくださったよ」


「…………」


 応答がないため、三名は疑問符を浮かべてその場で待機した。すると二十秒くらいが経過した頃だろうか。部屋の中からマッシュヘアの小柄な子が顔だけをのぞかせ、じっとこちらを見つめてくる。


「おぉ、よかったよかった。さ、ご挨拶あいさつを」


「…………」


 そううながされるも、彼は無言のままである。すみませんと謝る職員に、佳果は手のひらを胸の前にかかげて「いえ」と謙遜けんそんし、おもむろに床へ片膝をついた。


「……いきなり押しかけてすまねえな。俺は阿岸佳果ってんだ。でこっちの怖いおっさんは明虎」


 少年の心を気遣きづかい、自己紹介を始める佳果。しかし矢一はなおも、暗い瞳をして押し黙っている。


(この目……和歩かずほに似てやがんな)


 生前せいぜん、弟がよく見せていた顔が脳裏のうりによみがえる。それまで元気が取りだった快活な子どもが、ある日をさかいに不治のやまいにかかり――いつ家に帰れるともわからぬ入院生活に打ちのめされ、その過酷な事実を受け止めきれず、深い絶望に支配されてしまった、あの忘れがたき痛切つうせつな表情。


(……こういう傷ってのは、乗り越えたあとだろうがお構いなしにうずきやがる)


 彼は心臓のあたりをクシャッとつかみ、俄然(がぜん)少年を救う決意をって続けた。


「なあ矢一。ちょっとでいいからさ、そっちで話を聞かせてくんねーか?」


「…………」


 佳果が部屋のなかをゆびさしてそう尋ねたところ、彼は初めて反応を示した。首を小さく横に振ったのだ。それを見た職員は、あわあわと場を取りつくろう。


「や、矢一くん……このお兄ちゃんたちはね、君のことが心配だって、遠くからわざわざ駆けつけてくれたんだよ? いま君がかかえているものを、取り払っていただけるかもしれない。だから少しだけ……」


「…………」


 しかし、今度は大きく首を振る矢一。

 がっくしと項垂うなだれる職員の横で、唐突に明虎が言った。


「優しい子だ」


「えっ……?」


「彼は恐れているのです――誰かを傷つけてしまうことを」


「…………!」


 矢一が驚いたように目を見開く。職員もその言葉の意味するところを理解して息をのんだ。これを好機ととらえた佳果はニカっと笑うと、腹筋に力を入れて強く叩いてみせた。


「かか、俺なら大丈夫だ。このとおり鍛えてっから、いくら殴られてもビクともしねぇぜ? ……何も心配すんな。安心して、話せるだけ話してみな」


「……うぅ」


 涙を流しながら、矢一は彼らを招き入れた。



 部屋に入った二人は、床にあぐらをかいて少年と向き合う。ちなみに職員は「私が居てはお邪魔のようです。あとはあなたがたにお任いたします」となぜか全幅ぜんぷくの信頼を寄せて、立ち去ってしまった。


「……で、矢一。お前の衝動(・・)は、自分の意志に関係なく起きちまうのか?」


「……うん。でもそうなってるときは……"みんな死んじゃえ"って……心のなかでは自分からそういうふうに思ってて……目の前が真っ赤になって……」


(殺意すら、か。本来は穏やかな性格みてぇだし、かなりつらいだろうな)


 不憫ふびんに思った佳果は、反射的に彼の頭をでた。すると苦しそうに事情を吐露とろしていた少年の表情が、ふっとやわらぐ。


「ふむ。こくなことを聞くようで申し訳ないのですが、あなたはその衝動に襲われた際、なぜ"みな死ねばよい"という思考におちいってしまうのか――何か心当たりはありますか?」


「……わかんない。でも」


「……」


「初めてそうなった時のことは覚えてる。あの日は、ここに住んでる子のひとりが誕生日で……離れの多目的(とう)で、パーティーをやってて」


 矢一によると、彼は当時体調がすぐれず、後半からそのパーティーへ参加することになったらしい。そして定刻をむかえ、会場へ向かったところ――。


「窓から見えたんだ」


「……何がですか?」


「……みんなが楽しそうに、笑っているところ」


 そこまで言って、目を伏せる矢一。

 彼はしばらく沈黙してから、意を決したように告白した。


「……ぼく、気づいちゃって。ああいうのがたぶん、"ふつう"なんだろうなって……」


「ふつう……?」


「……ぼくね、家で虐待ぎゃくたいがあって……ここへ来たんだ」


「!!」


 施設側からは守秘義務により説明がなかった模様だが――薄々(うすうす)真実に気づいていた佳果は、拳をつよく握りしめ、やるせなく目を閉じた。


「だから、なのかな……あの時、みんなと自分との間に……一生越えられない壁があるように見えて……それをぼくは、なんだか無性むしょうに壊したくなって……」


「気づけば他の子に手を上げてしまっていた。そういうわけですね」


 こくりと頷いた矢一は、再び大粒の涙を流した。

 ここまでの話を聞いて、やっと全体像がみえてきた気がする。


「明虎」


「なんですか」


「矢一の想いをもてあそんでるのは()か?」


「……ええ。そしてそれがり所としている感情が発覚した今、すでに状況はととのったといえるでしょう。――出番です。佳果くん、粒子精霊と接続してください」

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