第261話 助手
高速道路を走ること約30分。やがて目的地である児童養護施設に着いた二人は、ニットベストを着た初老の職員に案内され、応接室にて詳しい事情を説明してもらう運びとなった。明虎は帽子を取って着席すると、テーブルに両肘をつき、口元で両手を組みながら尋ねた。
「――して、例の矢一くんという十歳の男の子ですが。件の症状……発作的な他傷行為というのは、いつ頃から?」
「二ヶ月ほど前です。……あの子がうちに入所したのは三ヶ月前でしたので、およそ一ヶ月でそういう状態になってしまったことになりますね。元々は、とてもおとなしくて性格も優しい子だったんですが……」
「なるほど。……失礼、念のため確認させていただきますが、それが施設内における人間関係に起因しているという可能性は?」
「低いといえます。なにぶんあの子は人見知りなものでして、そもそも他者との接点をつくろうとしません。向ける矛先も無差別的で……どうも特定の誰かに対する恨み辛みや、施設へのSOSという感じでもないのです。私どもの結論としましては、前触れなく何らかの精神疾患を発症してしまったと考えており――おそらくそういう原因も根底にあるのではないかと」
「ちなみに入所する前、持病などはありましたか?」
「いいえ、ございませんでした」
「……ふむ。そして医師へ診せるも、診断結果は"原因不明"。それで途方に暮れていたところ、我々のホームページを発見し、ご連絡いただいたわけですね」
「そのとおりです」
"我々のホームページ"なるワードを聞き、ここまで黙って話を聞いていた佳果がピクリと反応を示す。「なんだそりゃ」と顔に書いてある彼の手元へ、明虎は依頼人から視線を動かさず、静かにスマホを差し出した。画面には『任意団体』の文字と、いわゆる"目には見えないものに纏わるトラブルを解決するボランティア活動をおこなっています"といった旨の紹介文が表示されている。
(げっ! こ、このおっさん、どこの世界でも怪しいことしてんのな……しかしそうなってくると、さっき職員さんが言ってた"そういう原因"っつうのは……)
佳果がいろいろと悟り始めるなか。職員は「状況はそんなところでしょうか」とため息をついた後、いっそう真剣な表情になって身を乗り出した。
「それで波來様、いかがですか。矢一くんが治る見込みのほどは……!」
「お話を伺ったかぎり、こちらで対処できる範疇にあると存じますよ。私の助手はたいへん優秀ですしね」
「お、おお……」
大きく出た明虎の言によって、アツい期待の眼差しを向けられる。佳果は「はは」と精一杯の愛想笑いを返した。
(誰が助手だよ! ……まあ、こいつがやる時はやる奴なのはよく知ってるし……俺込みで勝算があるってのは本当なんだろうけど)
「ただ、実際に本人を見て判断すべき部分もあります。恐れ入りますが、面会させていただいても?」
「はい! ではこのまま、少々お待ちください」
意気揚々と部屋を出てゆく職員を見送り、佳果がぽつりと言った。
「……役に立ってもらうって、こういう意味だったのか」
「ええ。不服ならば、今から辞退されても結構ですが?」
「んなわけねえだろ。すぐ近くに苦しんでるやつがいて、俺にできることがあるってんなら……やるべきはひとつじゃねーか」
「フフ、よい心がけです」
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