第260話 拉致
(さあて、どんなやつが出てくるか)
行きつけのさびれた公園で、ベンチに寝そべる佳果。パーティーが終わったあと、急に明虎から呼び出しをくらった彼は、アスター城のバルコニーにて密かにこちらで会う約束をさせられていた。
『粒子精霊の転生を成功させた今、あなたは晴れて零気を再使用できる状態になりました。明日からさっそく役に立っていただきますから、そのつもりで』
一方的にそう言い残すと、明虎はこの公園を待ち合わせ場所に指定する旨を書いた紙切れだけ寄越して、お家芸のごとく闇に消えていったのである。
佳果はあの意味深な黒ずくめと言動を思い出すたび、現実世界とのギャップが如何ほどのものか、気になって仕方がなかった。ついつい、目を閉じながらあれやこれやと想像を膨らませてしまう。
(本当はヒゲモジャのおっさんとか? ……くく、もしかして性格も真逆だったり――)
「ふむ、ご期待に添えず申し訳ありませんねぇ」
「!?」
急に聞こえた声に驚き、開眼した瞬間。片手で押さえた大きなシルクハットの鍔から覗くようにして、眼鏡越しに宇宙の瞳をこちらへ向ける黒ずくめの男と視線がぶつかった。どうやら今しがた、少し目を瞑っていた隙に到着していたらしい。タイミングを見計らったかのような不意打ちに、佳果はたじろいだ。
「ぐ…………あんた、素でその容姿なのかよ!(つーか普通に思考読んでやがるし!)」
「フフ、存外元気そうで何より。神気廻心の疲労が尾を引いていないか心配していたのですけれども……杞憂だったようで安心しました」
「……その胡散臭さで気遣われても、いまいちゾっとしねえんだが……」
「では参りましょう。車がありますのでお乗りください」
(って無視かい!)
そそくさと誘導を始める明虎を、佳果は足をもつれさせながら追った。
公園を出て少し行ったところに、見慣れない車両が停まっている。車に疎い佳果でも、あれが外国産であることはなんとなくわかった。
「なんかゴツい顔してんなあ。どこの国の車なんだ?」
「イギリスです」
「ほえー」と適当に相槌を打ち、車内に乗り込む佳果。刹那、予期せぬ戦慄が全身を駆け巡る。ドアの開閉具合に、腰掛けたシートの感触。明らかに洗練された内装と、特有の空気感。およそ自分には分不相応であろう"やんごとなき何か"を感じ取った彼は、おそるおそる尋ねてみた。
「お、おい明虎…………これ、いくらすんの?」
「ん? 確か六千万くらいでしたかねぇ。さ、出ますからシートベルトの着用を」
「いや『さ』じゃねーだろ!?」
◇
(ろ、ろくせん……ろくせん……)
自家用車を持たず慎ましく暮らしてきた阿岸家の長男である佳果にとって、現在置かれている状況はあまりにも異常だった。膝に手を置いて縮こまる助手席の彼をよそに、明虎が口を開く。
「佳果くん。今日あなたを拉致したのは他でもない」
「……いま拉致って聞こえた気がすんだが空耳か?」
「冗談です」
(こぇぇ)
「さておき……此度の目的はそう、零気の実践です」
「実践だ?」
「ええ。とある児童養護施設に、黒の影響によって衰弱している子がいます。まずは手始めに、その子を救っていただこうかと」
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