第258話 覚悟
宴もたけなわ、深夜のアスター城。戯れ合いは落ち着き、アーリアが休憩スペースで幸せそうにウトウトしている。その無邪気な様子を見て、チャロはやれやれと肩をすくめた。
「まさかわたしにも飛び火するとは……」
「はは、このあいだの通話でヴェリスに対抗意識を燃やしてたもんね、アーリア姉ちゃん」
(そういえばそんな一幕もあったような)
突発的に起こったアーリア主催の"ウーをハグする会"――シムルに続いて素知らぬ顔をしていたチャロが強制参加させられたのは、どうやら先日立っていたフラグの回収イベントだったらしい。
「ま、まあ別に嫌ではなかったですけれども……」と満更でもなさそうにしている彼女のもとへ、佳果たちとの談笑を終えた零子が合流してくる。
「えへへ、なんだか大変なことになってましたね?」
「み、見てたんなら助けてよ零子姉ちゃん……」
「またまたぁ、本当は嬉しかったくせにぃ!」
「! そ、そんなことないって! お、おれ兄ちゃんたちのとこ行ってくるから!」
ダッシュでその場を立ち去るシムル。口元を手で覆ってうふふとその背中を見送った零子は、そのまま視線をアーリアに移した。
「でも、お姉さまがここまで羽目を外すのも珍しいですね……まあそれくらい、ウーちゃんの復活を祝福しているということなんでしょうけど♪」
「うん、アーちゃんすっごく喜んでくれてて、吾輩もとーっても嬉しいよ! ……ただ実際には、別の理由もあるみたい」
「別の理由? ウー、どういうこと?」
きょとんと尋ねるヴェリスに、彼は「実は……」と切り出す。しかしチャロが即座にそれを制止し、ちょいちょいと三名を部屋の隅に手招きした。
「ウーさん、デリケートな話題ですからあまり声高にはしないほうが」
「そっかあ、ごめんごめん」
「デリケート…………あの。もしかしなくても、ご親友の件でしょうか?」
声を潜め、零子が真面目なトーンで確認する。
"親友"と聞いたヴェリスもすぐに真剣な表情になった。
「そうだね。アーちゃん、事あるごとにその子を思い浮かべてるし」
「……人の心を盗み見ているようで忍びないのですが、アーリアさんは近日中に彼女――奈波さんのお墓参りに行く予定のようですね。それがどのような意味を持っているのか定かではないものの……どうやらかなりの覚悟を伴っているのは、間違いありません」
(覚悟……?)
「アーちゃんは今、ちょっと不安定な状態なんだ。本人にもその自覚があるから、パーティーを満喫して気を紛らわそうとしているのかも」
(……お姉さま)
またもや、見落としていたのだろうか。いつも光学迷彩のごとく鳴りを潜めている彼女の翳に、零子は俯いて寂しそうに口をきゅっと結ぶ。すると、隣のヴェリスが優しく両肩に手を置いてきた。
「ね、零子」
「?」
「アーリア、そのこと……わざとみんなに黙ってるんだよね? ……ならきっと、一人で行こうとしてるんだと思う」
「!」
「わたしたちはまだ、現実世界にいけない。でも零子や佳果たちは違う。ついていける。一緒にいられる。励ましてあげられる。だから……どうかアーリアをお願い」
「……ええ、ええ。そのとおりですね、ヴェリスさん!」
決意の炎を瞳にともす零子。ここで彼女をひとりにする選択肢など、断じてあり得ない。"家族"としてなんとしても力にならなくては。昌弥の件で世話になったあの時みたく――今度は自分が椰々を助ける番なのだ。
「あたし、さっそく佳果さんたちと相談してきます!」と言って駆け出す彼女の後ろ姿に、ウーとチャロは互いに見合わせて微笑した。
「これなら心配は要らなそうですね」
「うん! 吾輩たちは、吾輩たちにできることをやって待っていよう。本当の意味で、心から笑えるようになったアーちゃんを……胸を張って出迎えてあげるために!」
「……ん!」
少し複雑な気持ちもあるが、ヴェリスはウーの言葉に力強く頷いた。きらきらのアーリアに恥じぬ、きらきらの自分を見つけるべく。今はみんなの幸せを見据えて、愛をやわらかくしてゆこう。――明日から、また忙しくなりそうだ。
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