第256話 感化
アパダムーラがたおれ、暗黒神と相対した場面が脳裏によみがえる。
太陽の雫は、そのちからの源泉たる神、太陽神スーリャの顕現に伴って消失した。あれが必然の流れだったのは理解しているが、佳果にとって彼の宝石は、それ以前にフルーカから借り受けた"大切なもの"であった。勝手に使い果たすような立ち回りをしたことについて、彼は心なしか罪悪感を覚えていたのだ。
「……でも話してたら、ここで謝るのもなんか違う気がしてきたな。もう返せなくはなっちまったのは事実だけどよ。俺は託してもらった想いを裏切らねぇよう、今まで太陽の雫と一緒に全力で突っ走ってきたつもりだ。そんでそれは、巡りめぐって俺たちの願い――夕鈴の平穏に繋がった。……だからってわけじゃねぇが。今回はお互いに利するところがあったってことで、ひとつ手打ちにしてくんねーか?」
頭を掻き、ぎこちなく笑う佳果。この上なく律儀で彼らしい申し出に、フルーカは思わず立ち上がり、頭をぽんぽんした。
(あ……)
「ふふ、端から感謝の念しかありませんけれども……これは和解のしるしです。大事に扱ってくれてありがとう」
「……おう」
「(本当に優しい子ね)……さ、じゃあそろそろ向こうで楽しんでおいでなさいな。皆があなたを待っていますから」
「……おう!」
今度は心底嬉しそうにニカっと笑い、佳果は席を立った。その背中を見送るフルーカの背後に、黒ずくめの男が忍び寄る。
「随分と時間がかかってしまったねぇ。ここまで来るのに」
「ええ。でもこうして、私たちはあるべき未来の一端を掴むことができました。……あなたとご神仏様方のおかげですよ、明虎さん」
「……フルーカ。いい機会だから言っておく。私は事の顛末を予測した上でパーティを脱退し、君たちが偽りのエピストロフに辿り着くのを止めなかった。それは動かぬ真実であり――」
「おや? もしかして……うふふ。さてはあなたも、佳果さんに感化されてしまったクチですね?」
「……」
「あなたにもまた、感謝の念こそあれど……恨んだりする理由なんてありません。あなたはいつだって私たちの自由意志を尊重し、ときおり理不尽にすら感じられるその神々の理を遵守しながら、ただひたすらに――世界にとっての最善を考え、一途に行動してきただけ。その真心に気づかないほど、私はまだ耄碌していませんよ?」
「……」
「ほら、せっかくの祝賀会なのです。明虎さんも一杯どうぞ」
そう言ってお酌するフルーカの横顔を見て、彼はゆっくりと目を閉じた。そしてフードを取ると、「いただこう」と彼女の隣に座る。
今日の酒はのちに"美味かった"と思える。そんな塩梅かもしれない。
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