第249話 エピストロフ
悩める佳果のこころに同調し、岬季は決意した。今しがた彼が指摘していた点――現段階でまだ不透明となっている部分に切り込むことを。
「……創造神様。ちなみに転生の理とは、具体的にどういった内容の代物なのでしょうか。先ほど賜ったお言葉に鑑みれば、"循環"や"円環"といった法則の度外視を、禁ずる意味合いが含まれているのではないかと愚考いたしますが……」
《そうですね。わかりやすく言えば、決められた手順を踏み、特定の条件を満たさなければいけないという戒律のようなものです》
「手順と条件、でございますか?」
《詳しくご説明いたしましょう》
創造神によると、魂が転生をおこなうには、前世で積んだ悪徳と功徳の進捗について、あらかじめ当人が正確に把握しておく必要があるらしい。そのためには本来、自分に神気を分けてくれた所縁の深い神、ならびにアドバイザーを生業とする精霊などから、参考となる助言を得るべく専用の特殊領域まで赴き、じっくりと過去生を振り返る作業をおこなうそうだ。
《この手順を踏まないと、転生先で自由意志が正しく機能せず、魂の健やかな成長が阻害されてしまいます。それを防ぐための仕組みともいえますね》
(……ヴェリスの場合、たぶん太陽の雫が発動したタイミングでそのあたりが調整されたんだろうな。あれを"イベント"だとか言って細かい条件を教えてきた明虎のことを考えると、元々チャロも似たような境遇っぽいが――なら、今あっちで生きてるあいつらが現実世界に転生するには……)
佳果が熟考するなか、創造神は《いっぽう条件のほうですが》と続けた。
いわく、"振り返り"が終わった魂は、来世で生命を得るための準備として、とあるエネルギーを充填する期間に入るのだとか。
《そのエネルギーとはずばり、当人のソウルメイトが得たグナです》
「ソウルメイト……? ってなんだ岬季さん」
「一般的には、生まれる前に『影響し合おう、成長し合おう』と切磋琢磨の約束を交わした、魂たちの相関関係を表す言葉さ。でも転生時に利用されるエネルギーが自分以外のグナに依存しているなんて話……あたしもこれが初耳だよ」
《ふふ。つまり、すべての魂は"持ちつ持たれつ"というわけです》
「……なんでそういう仕様になってんのか微妙に気になるところだけどよ。要するにあれだな? とりあえず転生に関しては、その二つを絶対に守る責務がある。なら俺たちが進むべきは……」
「"振り返り"の代行。加えて、ソウルメイトとしてグナを提供する道ってことになってくるねぇ」
そしてそれらが対価不要の"正攻法"に該当する場合――逆説的には、その他の手段はすべて邪法の範疇にあり、手痛い代償が課せられている道理である。先ほど創造神が提案してきた、ウーと夕鈴の二者択一もそちらに含まれるのだろう。
「…………ん、待てよ」
「? 何か思いついたのかい坊や」
「いやさ。転生に正攻法があんなら、じゃあ時間軸移行はどうなのかなと思ってよ」
「! ……創造神様、もうひとつだけお伺いしてもよろしいでしょうか」
岬季が彼の疑問について伝えると、創造神ははっきりと答えた。
《ありますよ。それも、佳果くんがよく知っている正攻法が》
(俺がよく知っている……?)
《ふふ、あれこれ考えているとついつい忘れてしまいますよね。……よく思い出してみてください。あなたがこの旅路を歩み始めた、当初の目的を》
佳果はふと、初めてデバイスを被ったあの日の出来事を浮かべた。まず夕鈴の顔をしたAIを名乗る少女、チャロに面食らって。事故死したはずの彼女が、本当は自分が殺しただのと荒唐無稽な話を聞かされて。
(そしてあいつは言った。夕鈴は救える。そのため必要なのが――)
刹那、失念していたあの単語がにわかに蘇ってくる。
「……時空魔法、エピストロフ……!!」
(ふむ。確かここへ来る前、アスターソウルのクリア条件だと坊や自身が説明していたものだね。会得にはSSⅩなる魂の最終エリアに至らなくてはならず、その過程でプレイヤーたちはパーティを組み、グナを積んでゆく仕様………ははぁ、なるほど)
《おや。もしかして気づかれましたか? 岬季さん》
「はい、僭越ながら」
「え? な、なんだよ岬季さん! 俺にも教えてくれ!」
「……いいかい坊や。そのエピストロフとやらが時間軸移行の正攻法だとすれば、そこで使われるエネルギーもまたグナってことだよ。ただし転生と比べたら、"莫大な"って冠詞がつくんだろうけどね」
「!!」
《佳果くんも、もうおわかりでしょう。犠牲や代償といった等価交換ではなく……愛の善報であるグナをちからに変えて、世界を幸せに導くために存在する唯一無二の時空魔法――それこそが、"本当のエピストロフ"です。ちなみにこれは転生のほうのお話になりますが、あなたが自由意志を以って選択した、第三の道を進むという先の英断。あれによって発生したグナは相当量でしたので、あとは"振り返り"を代行する方法さえ発見できれば……ウーちゃんに関しましては、すぐにでも救済可能な状況になっておりますよ!》
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