第17話 アイ
「押垂さん!? ……じゃなくて、AIさんだっけ……?」
「ええ、もぷ太さん。わたしはAI。アーリアさんもヴェリスさんも、お初にお目にかかります。以後、よろしくお願い申し上げますね」
「あ、はい、こちらこそ……ご丁寧にありがとうございます」
「(じー)」
急なあいさつにアーリアはきょとんとしながら一礼する。ヴェリスのほうはなぜか食い入るようにAIを見つめているが、特に身構える様子はなかった。
脈絡のない登場に唖然としていた佳果は、我に返るとすぐに立ち上がり、せきを切ったようにまくし立てた。
「お、お前! あん時ゃろくに説明もせずとっとといなくなりやがって……わかんねーことだらけで大変だったんだぞ。てかあのチュートリアルはなんだったんだよ! 今の"そのとおり"ってのも、どういう――」
「ごめんなさい」
ずいと佳果へ歩み寄り、AIは至近距離で謝罪した。夕鈴の真剣な顔が目の前に迫り、面食らった彼は「うぉ!?」と一歩ひいて焦っている。
「おや? 人に謝るときは、相手の表情や目をよく見て、誠意を伝えなければならないと学んだのですが……」
「にしたって近いっつーの!」
「……もしかして、嫌でしたか?」
「い、嫌とかそういうんじゃ……まあ別に、なんでもいいけどよお」
まごつく佳果に、軽くうつむいて上目づかいをするAI。二人の様子がなんだか面白く感じられて、アーリアはゆるむ口元を手でおおい隠した。楓也もやれやれといった感じで一つ息を吐き、微笑している。横で観察を続けているヴェリスは、何が起きているのかわからず疑問符を浮かべるばかりだった。
「とかく、必要なことはお伝えします。わたしはそのために参りました」
◇
AIの語った内容は、ぜんぶで三つあった。
一つ目は、ヴェリスとの邂逅について。
佳果の読みどおり、彼女との出会いは偶然ではなく、今後三人がSSを上げてゆくための足がかりとなる必然的なイベントだったらしい。よってヴェリスが加入した現在、フラグが折れているわけでもなく、このまま旅を続けて問題ないそうだ。ただ、それ以上の仔細は教えてくれなかった。
二つ目は、AIが今まで何をしていたのかについて。
これはずばり"演算"を行っていたのだという。佳果たちが最終的に目指している時間軸の移行とは、世界中がたどってきた歴史に少なからず干渉するきらいがある。いわく、史実のねじ曲げを最小限に抑えないと色々まずいことになるのだとか。
最後は、チュートリアルで会った4人組とフルーカの件だ。彼らの正体はやはり、いずれもNPCではなくプレイヤーとのことだった。そして佳果と引き合わせたのは紛れもなく自分である、とAIは認めた。
「あなたには、危険とわかっていてあの場面に飛んでもらいました。つらい思いをさせてしまいましたね……ごめんなさい」
「結果オーライだし、別にそこは気にしてねぇ。でも、なんでそんな真似を?」
「それは……」
言いよどむAIを見て、楓也が割り入る。
「AIさん、お話を聞いていて思ったんですが。意図的に話していない部分がたくさんありますよね?」
「……ええ」
「……一つだけ確認させてください。あなたは押垂さんの、なんですか?」
「!」
楓也の瞳に、様々な感情と意志がうずまいている。彼の深淵をかいまみて、AIはゆっくりと目を閉じて深呼吸した。そうしてまた真剣な表情になり、はっきりと宣言する。
「夕鈴は、わたしの家族です。親友です。師です。そして――絶対に助けるべき、愛おしい存在です」
にっこりと悲しげに笑うAI。なぜかその言動の機微は人間よりも人間らしく感じられ、この場にいる全員の心を締めつけてやまなかった。
数秒の沈黙を経て、しんみりした空気を変えるかのようにアーリアが口をひらく。
「もう、アイちゃんも楓也ちゃんも。あまり背負いこみ過ぎてはダメですのよ? そういうのは佳果さんだけで間に合っていますから!」
「は、なんだよアーリアさん、急に……」
「アイちゃんというのはわたしのことでしょうか?」
「そうですわ。アイちゃんの気持ちはよーくわかりました。楓也ちゃんも、もう大丈夫ですわよね?」
「え? は、はい……」
「では話を戻しますわよ」
「俺は無視かよ」
「アイちゃんが現状で話せる内容は、さきほど聞かせていただいたもので全てですか?」
「はい。そして、本当に申し訳ないのですが……まだ当分の間、演算は終わらないと思います。今は一分一秒が惜しいので、わたしは再び作業に戻らないといけません」
「……わかりました。アイさんと話ができて、ぼくも嬉しかったです。次はいつお会いできるんですか?」
「しかるべきタイミングで、また声をおかけするつもりです。……阿岸佳果。今のところ、ペースは悪くありません。この調子でがんばってくださいね」
「あ~、いまいちシャクゼンとしねぇが……了解だ。お前も演算? ってやつがんばれよ」
「ええ。――それとヴェリスさん」
「……!」
「あなたの未来はあなたが決めるものです。でも、迷ったときは彼らを頼りなさい」
「?」
「ふふ。それでは失礼いたします」
こうしてAIは空へと上っていった。
ヴェリスはその後ろ姿を見つめながら一人、ぽつりとつぶやいた。
「きらきら……」
色んな人間関係が垣間見えた回となりました。
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