第237話 プンスカ
「おい、なぜ前に出る」
結界のあるシーマ山の頂上を目指し、徒歩で移動中の佳果とノースト。この地では例によって、魔に由来する攻撃や支援を受けた人間は魂の均衡に異常をきたし、自我崩壊を起こして廃人まっしぐらとなる。そのためノーストが彼を魔獣の脅威から守りつつ、地道に進んでいるわけなのだが――。
「ん、今くらいの相手なら、わざわざあんたの手を煩わせることもねーと思ってよ。道中ずっと棒立ちってんじゃ、なんか悪ぃ気もするしさ」
「……確かに、この付近はまだ弱い個体が多い。うぬのサプレッションをもってすれば一撃で屠れる程度の奴ばかりだ」
「だろ? 不意打ちで仕留めりゃ、別に危険も……」
「だが佳果、それはある種の油断ともいえよう。そうやってうぬが前線に立っている折、もし手練に死角をつかれてしまった場合……いくら場数を踏んでいるといえど、吾の反応が間に合わない可能性は十分にある」
「……」
「うぬの帰りを待つ者、うぬが帰りを待つ者……その双方のためにも、ここは大人しく守られてはどうだ? 志なかばで、万一のことがあってはならぬだろう」
「…………そうだな、ノーストさんの言うとおりだわ。出しゃばった真似しちまって、マジですまねぇ……」
「ふっ。特段威勢がよいのは、うぬの美点でもある。場を弁えさえすれば、稀有な資質に違いなかろう。これに懲りず今後も大事に磨いてゆけ」
「へへっ、わかったぜ。あんがとな、ノーストさん!」
◇
その後、慎重になった佳果はノーストの勇姿を後方から目に焼き付けつつ、危なげなく登山を終えることができた。無事に結界へ到達し、一息つく二人。
「ふ~、やっと着いたか」
「……では、そろそろ聞かせてもらうとしよう。うぬがここへ来た本当の目的を」
「! なんだ、バレちまってたのかよ」
「今さら結界そのものに用事があるとは思えぬからな。おおかた、本命はあちらなのだろう?」
ノーストの視線の先には、この魔境と次元のはざまを繋ぐ門がそびえている。
「ああ。……その、たぶんあんたは両方ともあまり得意じゃねぇと思うんだけどさ。今日ここに来たのは、ムンディにウーを助ける方法を聞くためだったんだ」
「……なるほど、それで黙っていたわけか」
彼は最寄りの枯れ木に寄り掛かり、両腕を組んで目を閉じた。
「ひとつ弁明しておくが、確かに吾はあやつらを色眼鏡で見ている部分がある。うまく言えぬのだが……どこか同族嫌悪のようなものを感じる節があってな。顔を合わせると、ついあしらってしまうのだ」
(同族嫌悪?)
「しかし、だからといって頭ごなしに協力関係を拒絶しているわけではない。世界には、あやつらにしかはかれぬ事象が多いことも重々承知している。ゆえに……その粒子精霊の救出とやら、微力ながら吾も助太刀させてもらおう」
そう言って、にわかに膨大な魔力を纏うノースト。次の瞬間、彼は結界の真上に向けて爆発魔法を放った。一帯に轟音が鳴り響き、閃光が結界内を照らす。すると、まもなく門が重低音とともに開いた。
《う、うるさっ!! そんなことしなくたって気づいてるぞ俺様は!》
中から出てきたお馴染みの骸骨――新しい柄のアロハシャツを羽織った魔神ムンディは、プンスカしながら二人を結界内にワープさせた。
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