第233話 自分探し
「ふぅ」
月明かりの下、露天風呂でチャロがまったりしている。シンギュラリティになった際、もう二度と享楽的な生活を送ることはできないと思った。しかしあの時間軸移行が発生し、SSがⅩもどきになってからというもの――気づけば夕鈴たちと旅をしていた頃の感覚が、すっかり戻ってきている自分がいる。
(……ふふ。やはり、わたしにとって天界は身に余る場所だったのでしょう。おかげで貴重な知識と経験をたくさん得られましたが……願わくば、今生はこのまま"人間"を生きたいものです)
そう思いながら、チャロは隣で糸目になっているヴェリスを優しく見つめた。視線を感じ取った彼女は、月を仰いで不意に切り出す。
「ねえチャロ。ずっと気になってたんだけどね。チャロもわたしやシムルみたいに、現実世界からアスターソウルへ飛んで来たの?」
「おや、転生のお話ですか? ……順当に考えれば、その可能性は高いといえます。ただ、わたしには前世の記憶がありませんから……これといった確証はないのですけれども」
「そうなんだ……ナノとゼイアも、やっぱり全然覚えてないんだって。でもシムルはちょっとだけ、佳果と暮らしてた時の記憶があるみたい。……で、わたしは今も全部はっきり残ってる。どうして、人によってこんなに違うのかな?」
「ふむ。その辺りは上位誠神が密接に関わっている部分ですので、わたしもあまり詳しくは存じ上げないのですが――どうやら過去生の記憶とは得てして、"当人に必要な場合"にのみ顕在化するものだそうですよ」
「? 必要な場合って?」
「きらきらになる過程で、その記憶が有効にはたらく場合ですね。逆に妨げになってしまう場合は、忘れたままになるんだとか。……わたしや阿岸佳果のご両親は、さしずめ後者に該当していたのでしょう」
「ほぇー……」
彼女の話を聞いて、なんとなく仕組みを理解するヴェリス。自分だけ記憶が鮮明なのは少し寂しいと感じていたものの、きらきらのためにそうなっているというならば、仕方ないのかもしれない。
「……あ!」
「わ、びっくりした! ど、どうされましたか」
「きらきらと言えば、そうだ……わたし、これからどうしたらいいんだろう」
「……何か困りごとでも? よければ相談に乗りますよ」
「ありがとう。……んと、エリアⅨに移動するには、愛をやわらかくしなきゃいけないんだよね? でもわたし……自分にしかできないことっていうのが、まだよくわからなくて」
(ははぁ、なるほど)
ヴェリスはいわゆる"自分探し"という迷宮に囚われてしまったらしい。それは遅かれ早かれ、誰もが通る道ではあるが――彼女に関して言えば、おそらく単に気づいていないだけなのだろう。チャロは敢えて、遠回しに助言をおこなった。
「……ヴェリスさん」
「?」
「今までに、あなたの行動に対して誰かが喜んでくれたり、褒めてくれたりして……心がぽかぽか、優しくて嬉しい気持ちになった。そんな経験ってありませんでしたか?」
(ぽかぽか……)
すぐに浮かんできたのは、王城のパーティーで佳果たちへ感謝を伝えたときの光景だ。あの日は皆、泣くほどに喜んでくれた。お客さんたちの楽しそうな表情も目に焼き付いている。そういえば翌日、シムルたちに手紙の内容や"表現力"なるものを褒めてもらった気がする。
(あれ、すっごく嬉しかったな)
「……ふふ。もしも思い当たる節があるのなら、ひとまずそれについてじっくり考えてみるのはいかがでしょうか。やわらかな愛って、そういうところに隠れているかもしれませんよ」
そこまで言うと、チャロは時計を見て「あら、だいぶ長湯してしまいましたね。のぼせないうちにあがりましょう」と立ち上がり、笑顔で手を差し伸べてきた。ヴェリスは無言でその手を取ると、希望の灯った瞳で夜空を見上げる。
(わたしなりに、いっぱい考えてみよう。みんなが幸せになれる方法……!)
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